音個の速度 第二部(下書き)

あらゆるものに縛られた
虚無であわれな青春よ
繊細極まるこころのせいで
おれは一生を捨て去った。

 ああ、時よ来い みんなの心と心が合わさる時が!

おれは、ひとりでつぶやいた。
「もう、会うことも無しにしよう。
君がいう無上のよろこびなんか期待しない。荘厳のなかの逃走だ。
この必死の思いの隠遁の決意に
けして水をさしてくれるなよ」
こんなに惨めな心情の寂しすぎるひとりぐらし。

おれの魂が求めるものは聖母の面影ただ一つ。
祈りをあげるのも聖母、あなたひとりだけ。
もう一生思い出すまいと
おれは我慢に我慢した。
おかげで、恐怖も、苦しみも、
天空高く、飛びさった。

それでもまだまだ、不快な渇きが
おれの血潮を汚していく。
悠久の時を経、広がる平原。

麦角とローズマリーが花咲き乱れる牧場のこころ…

汚い蠅らがおれの牧場に住み着いて
シンセサイズと調和を上げる。

あらゆるものに縛られた
虚無であわれな青春よ
繊細極まるこころのせいで
おれは一生を捨て去った。

 さあ、時よ来い みんなの心と心が合わさる時が!
 
   (アルチュール・ランボー「いちばん高い塔の歌」訳詩・山殺気)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 音歌(読み。otouto)。音個には弟がいた。年齢は、二つしたであった。二十代半ばで、完全にドロップアウトしてしまうまでは、音個もこの音歌(otouto)と、よく遊んだ。仲の良い兄弟であった。であった、と、過去形で表現されるに、時うつり、すでに、ひさしいのが、我々もさみしい限りだが、どれほど仲が良かったかというと、それを表現して、冗談なのかどうか真顔で音個が言うには、

「おれ達は、お互いの腕に注射打ち合うなかや」

ったそうで、しかし、音個が「家族においだされるようにして」実家を出た頃には、「常に殺しあいになりかねない緊張した関係」に、-いや、どちらかというと、その頃、音個は消耗しきっていたために弱気な態度を示していたようだ-そんな関係に悪化する。
 しかし、ここでは幼少の頃、音個と音歌二人で体験した超常現象について、ここでは述べておきたいだけだ。
 ちなみに僕がこのハナシに着手したきっかけであるが、音個と音歌は、僕らが十七でともに音楽をやるようになって、それからの共通の友人であった。であるから、音個が勾留を終え、罰金刑に処され、姿をくらませてのち、拘置所付近の郵便ポストからいきなり実家に届いた「獄中記」と、実家にそのまま残してあったという「音個の生きざま」四冊、詩集「音個たちのメロディ」をまとめて、音歌から「油田さん、確か物書き目指してなかった? これ、あいつの雑記、なんか参考にしいや」というので、「え、おいとかなくていいの?」と尋ねると、首を大げさなくらい横に振りつつ「いらん!不吉!いや不潔!」というので、受け取って、読んでみて、そのなかなかの文学性(!)に僕も思わず、「よし!あいつのことでもかいてみるか!」と筆をいやいやながら執った次第である。 なんで僕がこんなことしなくてはならないんだ、とも思うのだが、何故か妙な使命感に打たれてしまっている。書くしかない。
 幼い頃から、両親は共働きで、帰りは深夜だった。祖母にずっと面倒を見てもらって育ったのだが、そんな幼い頃に、祖母に寝かしつけられて、その祖母が帰宅してからそれは起こった。長じてからも音個と音歌はこの現象を話題に盛り上がることが何度もあった。その夜、祖母が帰宅してからも、音個と音歌は暗闇の中、眠れずにいたため、自然と両親の帰りを待つ形となって、音個にはさらに二つ年上の兄があったが、兄は既に眠っていた。音個には生まれついての睡眠障害があり、その晩もなかなか眠れずにいて、暗闇の中不安だったから、音歌を呼び起こして眠っているかいないかを確かめたりしていた。「お前、先に寝るなよ」と言ってたわいない話を展開させていた。しかし、いつしか、二人ともに眠気があるかないかのうち、いつしかウトウトしていた。
 階下でもの音がする。コンビニやスーパーで貰うレジ袋の摩擦音、ざわめきが聞こえる。両親がかえってきたのだと、薄れいく意識の中でそう思った。が、なにか様子がちがう、そのレジ袋を擦る音が耳元で大きくなって行く。恐怖が押し寄せた。完全に目が覚めた。が、体が動かない。金縛りである。音歌を起こしたい、と思ったとき、音歌も全く同じ状態であることが、疑う余地のないことだと、はっきりした確信として解ったのだ。「音歌も今、金縛りの状態でこのレジ袋の摩擦を耳元で聞いている。そしておれが今そのことに気づいたことも、今、音歌も知っている!」しかし、体も動かなければ口も聞けない。と、その時、レジ袋の摩擦音が、読経に変わったのだ! それは怖い、やめてくれ、そして、音歌もまた、今この読経を聞いていて、この恐怖にとらわれている。意識が完全に共有されていた。そして二人共そのことに気がついていて、体も動かない口も聞けない状態であることがはっきりわかる!その状態が、おそらく、数分ほど続いた。音個はその数分間ずっと体を動かそうともがき続けていた。読経が遠く薄れていき、完全に聞こえなくんって、音個は同時に飛び起きた。そして、音歌に話しかけた。「おい、おきろ!」。すると、音歌は「今なにやったん?まー(音個の略称)?」「いや、おれもわからん、怖いな!オカンとか帰ってきてんのか?」といって階下に降りたが、両親は帰っていなかった。もう一度階段を駆け上り、「おかんとか帰ってきてないで!ちょっと、いま、まず、袋の音が聞こえたな?」といって、起こったことを二人で話あって確かめた、すべてが一致していた。そして冷静になって考え、その時以来、人間の意識は根底で繋がっている、おそらく、共有することが可能である、と確信に至ったようだ。あるいは、音個には何か人の気持ちを読み取って先手を打つというようなこすずるさがあったが、そういう「異能者」とでも呼ばれるような要素があったのかもしれない。しかし、それでは音歌の方でも体験を共有できたことについての説明にはならない。アラン・ワッツが「人間は皮膚に隔てられたこころ」と言い放ったということだが、この時の体験がもっと一般に知れ渡るようになれば、人間の潜在性に対する一つの見事なデータ、ということになる。そんな「見事なデータ」は、あの音個には似合わない。知れ渡る前にくたばるのがいい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 高校生になって、音個も僕も中学生からサッカーをやっていたから、部活で一緒になった。音個は、中学生の終わりになって、やっとずっとやっていたサッカーの面白さに気づき、毎日朝から夜中まで真剣に練習して、入部したての頃は、先輩が少なかったこともあり、先輩たちの試合にも出場するというなかなかの選手であった。その、なかなかの運動選手。このまま何事もなく、進んでいたら、それなりの幸せな家庭を築いたりもして、何事もなかったかのように安楽なデスマスクを残して、死ねたりもしてたんだろう、が、そういうわけにもいかないのもこの,完全に、時として自分にも完全に不利な出来事として立ち現れる彼自身不思議でしかなかった妄想や幻覚。彼の実はいろいろなことに挑戦していきたがった彼の行動を抑制し、ほとんど彼を縛り付け拘禁状態を作り出しているような時も肉体の苦痛(焦燥感が自覚症状としては、ほぼ毎日、きびしく、じっとしていることは辛く、かと言って動き回るためには体力の衰弱がひどかった。)を基準に考えて、もうはや、人間、ああ、そうだった。人間では、既にない、と言い張っていたようだな。彼は最近にいたり、忘我の境地で都合悪いことを完全になんでも忘却し、またトランス状態における(犯行現場からの)トンズラなどを得意ともとしていたのも、最近(晩年でいいのだろうか?)にいたりて、体得したようだった、そのほぼ晩年という一般に一番必要無さそうな特殊能力を体得してしまう、点は、最後の最後までことごとくが失敗の連続だった彼の人生の未練がましさ、生活のしぶとさ、などにおいて、やはりこの音個の特徴であった。といっても完全に毎回できるわけでもなく、それは調子のいいときであれば、完璧と言える技であった。本人も起こしたことをその場では既に忘れており、帰宅後、一時間、二時間後に、ああ、俺、また犯罪犯してたな、と言って、思い出すことすらも、めんどく、完全に犯罪に自分が巻き込まれつつ他を巻き込んでいても、気がつけば、所轄ではなく、交番ですらなく、全く自分が何をしでかしたか本当にわからない、という記憶を手繰る、あるいは消し去る術を、ある種の思い込みを駆使してだと思うが、体得したといっていたようだ。僕に言わせれば、「特殊能力」でも「人生の特徴」でもなんでもなく、これは生まれつきの「精神病質、あるいはADHD」、それが単に悪化してたか、今現在この言葉を使っていいのか、作家を自負しておきながら、そんなことも知らない僕もかなりのものだが、「ボケていた」と一言に付するのが、まんまとこの音個ぽくて良い。しかし、その「能力」も、失敗するときも多いので、かなりの局面でしか使わなかったが、そんな特殊な能力というのを、彼が身につけていたと主張するのが、この、僕の中では彼の「晩年」に位置づける、三十五歳の彼にあった特殊能力である。

とはいえ、完全に気がおかしくなっただけとの説が一番有力です。

 あ、そうであった。そして僕は彼と出会った当時、高校生時代からを語りだしていこうと思うのだが、やはりついに、この、一生ほとんどを無駄に壊した音個の人生談(全く他人の人生を聞かされたりということにはつまらない物しか無いのが常だし、書かされる方の身にもなって欲しいところだが、まあ、暇つぶしだから別にいい)として、まとまった話のない、始終脱線物語として語ることも、手法としては、やはり捨てがたい、ということで残しておく。残しておいたままにおわらせてしまうと、しかし、悲しいな。悲しいを通り越して辛い、な。泣く前にまず、笑ってしまう、が先やろうな。と思うな。僕は。

にほんブログ村 にほんブログ村へ


にほんブログ村 音楽ブログへ



ブログランキングに参加しています。クリックお願いします。

混沌コントロール

1978年兵庫県尼崎市生まれ。作曲家、著作者、愚か者。冒険家。政治活動結社「医療大麻開放党」「東京公司大麻党連邦捜査局」(元「大麻自由党」)代表。IQ65 。前科3犯。  生まれ持ってのADHD患者であることが、誤診16年を経て判明したが、挙句、様々な薬物中毒に陥る。現在の日本の、特に精神医療に対して激しい怒りを持っている。これからも、持ち続ける。  と、思っていたが、2019年1月8日、捜査、及び、化学(科学)的根拠、令状文、また本人の自覚にかなり疑わしき部分が残る事情をもって「覚せい剤取締法違反」に問われ逮捕される。  およそ5ヶ月の勾留を経て、服薬量が大幅に回復(およそ十分の一の量にまでに減薬)。それでも、現在も、こりずに薬物問題に向き合っている。  その他、前科前歴多数。その殆どが間抜けな不注意によるもの。  バンド(地獄の一丁目)活動を経てバンド仲間から絶交される(実質見捨てられる形)にいたり、現在、アーティスト名を「混沌コントロール」と名乗り、「まったくライヴ活動をせずインターネット上だけで(つまりこの部屋から一歩も出ず…)世界を制覇してみせる」と断言。  2014年、本邦において初の動きとして創立に及ぶ政治活動結社「大麻自由党」が中国華僑新聞等のメディアにて世界的に着目を浴びたが、日本においてはその性質上メディアが全く動けず無視され続けるが、今後の展開が期待を孕む。(Wikipedia参照)(のちに削除)  さらに2014年、CNNにて、その演奏姿が全世界に放映されるに至り、ひとまずは、宣言通りの野望、その入り口にたどり着く。これから更に精進いたします。http://www.youtube.com/watch?v=1ExUt6i0boM&list=UUedHp6KcvCTPn-vEkXm8GwQ 混沌コントロール公式サイト(CTRL Global Label) http://konton-control.com/ 混沌コントロールサウンドクラウド https://soundcloud.com/konton-control https://soundcloud.com/konton-ctrl 混沌コントロールYoutubeチャンネル http://www.youtube.com/user/kontoncontrol 「この部屋から一歩も出ず、世界制覇」などと書いてはいたが、2013年5月頃、孤独死寸前の状況下において、拘留を受けたため、家賃が払えず、結局、部屋を追い出される。およそ、このあたりがその人生の第一部、完。  ミュージシャンとしての夢は、ゴールドディスクをいつか手にしてみせる!ということであるが、こないだ、すっかり更新忘れてて、 ゴールド免許さえ取得できなくなった のが、実際のところ。  2019年6月現在、フリーランス、在野において作曲、アレンジ、サウンドクリエーターの仕事を請け負っている。  さらに!現在、自伝をもとにした大長編作文小説執筆中。つづきは出版本で!詳しくは出版本で!!

シェアする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


コメントする