逃げる新潟(第二章)

 取引先くらい、いくらでもあった。大阪あたりでなら、いくらでも、大麻くらいなら手に入る。もはや、嫁ができて以来、また、体調の回復もあり、大麻を含む違法薬物や、覚醒剤に手を出すことはなかった。「おれは、著名人でもなんでもない、ただ一介の在野における作曲家だが、一応、日本初にして大麻の名を冠する政治結社を立ち上げた人間だ。主張がある。逮捕されて手錠をはめられたこともある、おれがやるしかない。そして、はっきりいうが、本気で体調が悪い。ムカついて仕方がない」そう思った。「おれが捕まったる、そこで、訴えかけたる」というヤケを起こしていた。嫁にはかかわるな、と言っておいたが、わたくしは、あまり隠し事の出来ない性分である。さりげなく、嫁には、犯罪をおかすが、これは決して悪いことではない、むしろ、社会性のためとおれが信じる行為だ、と、無理やり、納得させようとしたが、なかなか、引き下がらない。それで幾度も喧嘩を繰り返した後に、わたくしは強引に、以前、普通、ありえないことなのだが、時として、こういう偶然が起こり得るものだ。嫁が実家にちょっとした用事で帰って、わたくしは尼崎にいたとき、知らない携帯電話番号からいきなり電話が入った。確かにその電話に出る、その瞬間、かすかではあるが、何か、犯罪の予感が脳裏をよぎったことを、鮮明に覚えている。それを受け取って「どちらさまですか?」とたずねた時、男が出た、そして、やや怖気づいたような口調でこういった、「商品、シナモンの件で、お電話させていただいてるのですが」と。取引先、「商品」の品質、そんなことはどうでも良かったので、カネがないことを先に告げておいて、ヤサイ(大麻)は一グラムいくらだ? そして、ついでに参考までに訊いておくが、「シナモン(覚せい剤)」の方は一グラムあたりいくらだ? とそれをきくと、「シナモン」がなんと一グラム二万円である、という。その当時の事情にだけは通じてしっていたがため、ほとんど半額ではないか、と思った。ただし、今はカネがまったく手元に全くないから、また、いつか、といって電話を切ったのだが、その「いつか」が、このときに到来する。
 然し、わたくしの強硬手段を阻む人間がいた。例のゲイである。虚言癖のある、例のゲイである。が、初めからいうと、実はそれも計算のうちだった。わたくしはこの男の、いや、「オカマ野郎」の陰湿さ、しつこさを知り尽くしている。なによりも、あっさりと嫁(やつからすれば、見知らぬ女)と結婚したわたくしに復讐したい一心で今、現在、行動していることを、全て見抜いていた。見かけ上は、偽善を働いて「仲直りしたい。今までさんざん迷惑かけた、許してほしい」などといっていたが、尼崎、つまり、やつの手の届く範囲内にいた頃に散々嫁にちょっかいをかけていじめたり、下手くそな演技で芝居をうったりして、周りを散々巻き込む形で、なんとか「山﨑を自分のものにならなくとも、手の届く範囲に留めておきたい」という、卑しい渇望がこの、男のすべてだと断言してもよかろう。それが叶わぬとなった今、やつに出来るのは、つまらない、ちょっかい、つまり、国家権力を介しての嫌がらせ、くらいだ。以前に、いちど、「マルサが」どうの、という、実際にには日本には存在しない機関を盾に我々家族一同全員を、睡眠薬やわたくしがおしえてやった処方薬物の組み合わせ等でハイになった余り、脅しかけている。その時は、即警察にもっていってやったが、「証拠不十分」ということで、しかし、事件性を認める、ということで警察からおっさんに対して、表現はこんなんじゃなかったと思うが、
「そんなにしつこく男の尻を追いかけるな、おっさん」
という注意勧告がいっただけだった。
 そのおっさん、シノカワ氏の、わたくしに彼女ができそうだ、というときになっての、必死さ、執着ぶり、彼女(今の嫁)に対する嫉妬心が先立ってしまい、いつも、間抜けに失敗するイジメ、また、阻止。わたくしたちがまだ付き合うかどうか、といった段階から、思い切って付き合おう、という決心にでたその時にショートメール数通に渡り、深夜、しつこく送られてきたその、メールをここに、大人気なく、全公開する! 以下!
 
「ぽいちゃん。マジで狂ってるような気がする? 少しだけやけど面倒みてもらった事には感謝しても山殺気には長期な付き合いは無理な気がする。山殺気が普通になるきっかけを作ってくれた事は良かったけど ぽいちゃんのやり方では山殺気が潰れるよ。 山殺気の事を本当に理解できる女は他に絶対にいるはず。 ぽいちゃんの考えではいずれ破綻するようにも思う。俺は嫉妬とかでは言ってないで。 山殺気の病的なところはもう治ったように思う。あとは本当の女と出会うだけ。ぽいちゃんがそのきっかけを作ってくれた事だけがぽいちゃんだっただけ。 山殺気はどう思う? ベルセルクの台詞を思い出した。 あのホモのおっさんにいいはなったあの台詞を。 山殺気は同情や優しさでなく本心でぽいちゃんを受け入れられる? ぽいちゃんに結婚を迫られて薬を必要以上に管理されることになるかもしれへん? 俺はぽいちゃんの悲しみより 山殺気が潰れる事を心配する。 いまの山殺気なら山殺気を伸ばす女とも出会えるような気がする。 ごめんね。 勝手な事ばかり書きました。 ぽいちゃんはたまたまやってきた石ころかもしれへん? もう言わんとく。 ほんまにごめん」(改行、篠川氏本人。「ぽいちゃん」、というのが彼女、嫁の当時のニックネームであり、「山殺気」というのが、昔からわたくしが多様していたネットでのハンドルネームである)。
 …あきれた内容としか言いようがない。「俺は嫉妬とかで言ってないで」と、いちいち、きいてもいない強調をここでやらかすこと自体がこのおとこ(一応)が嫉妬に苛まれて、その嫉妬を強く意識したことを証明しているのだが、事態はやはり、そのままであった。と、言っても、嫉妬に狂ってその感情を暴露した、というのならまだいい。ストレートでよろしい。というのも、深夜、ショートメール数通において、我々を叩きおこしておきながら、訝しげに思った嫁が、「夜中、何度かシノカワさんからメールがきてたみたいだけど…」というので、わたくしは次第漏らさず、この内容を嫁に読んで聞かせた。表面上は、あえて、「不審に思った嫁が携帯をみた」ということにしておいて、シノカワにそれをつたえたのであるが、それは、わたくしの計算であった。すると、機を得たかのように、「え? あの子、そんなこと(ひとの携帯を勝手に覗くようなこと)、しよるん?」とわざとらしく、いうのである。実際はそれを狙っておきながら、だ。こっちとしては、いちいち、ハマってくれる、滑稽でこれ以上結構です、とでもいいたいやつだ。
いちいち、そんな遠回しな嫌がらせが続いた。そして、ある日、堪忍袋の緒が切れたわたくしはそのオカマを殴った。それを書かねばならないため酔っ払っているある夜のことであるが、
しかし、なぜか オカマは殴られてうれしそうだった! 
わたくしはこの時に「新潟に逃げよう」、そう思いました。そう、覚悟を決めました。
 
 とはいえ、なにごとにも、踏まえるべき手順というものがある。尼崎においての散々なこと細々を語っておく。
 恨みつらみ妬み嫉妬、そういった類のものを人間関係において残しておいてろくなことはない。以前、わたくしはそういう人間関係のもつれであばれたことがある。いや、あれは、ただ、人間関係ののもつれ、云々だったのだろうか。ともかく、わたくしは、住んでいたマンションのオートロックの強化ガラスを、肉体を乗っ取られたかのように、しかし、怒りに満ちた衝動で、暴れ、素手でそのエントランスを、鉄柵入りの強化ガラス及び、室内の壁という壁を素手で殴り叩き砕いた。血まみれだった。

それが起こるおそらく一時間前に、わたくしは、当時、オカマ野郎の裏での手回しによって、相手にされなくなっていた、尊敬するあるひとに電話をいれ、「ただならぬ自体が起こっています。うまく説明ができません、しかし、これはなんだか僕にはわかりません。しかし、何か起こっていることははっきりわかります。どうしたらいいですか。救急車を呼ぶべきでしょうか」と、他の人には絶対に理解できないような内容の電話をかけた。「とりあえず落ち着いて、近くを散歩してきたらどうや?」という返答だった。そして倒れたまま、時が過ぎるのをひたすら待った。実際にたおれていたのかもしれない、気が付いた時、「俺はまだ生きている! すげえだろ!」となにかよくわからない、万能感に支配され、部屋を飛び出ようとしたところ、体が勝手に動く! 奇妙な踊りのような動きをして、それ以前にも何度かあった「神がかり」と思われる、…なんともありふれた話だが、…読経が頭に鳴り響く。そのあと、ほとんど記憶はないが、四肢は、わたくしの意思とは全く無関係に動いた。なんとも凄まじい体験、ほとんど記憶はないが、奇妙な叫び声をあげて暴力衝動に駆られて暴れた自分をやや覚えている。

その体験を伝えられない自分の文章力がはがゆく、また、懐疑心のかたまりであると自分を思い込んでいるわたくしにとっては、あれは、本当に謎である。そう、いわゆる、「神がかり」という現象だとしかいいようがない。しかし、内的な体験をことばで「そのまま」伝えることが不可能である、ということを知っているわたくしとしては、その事件がおこった時に、殴り書いた文章をここに、載せるにとどめておくよりほかない。文学的にいうなればいわゆる「異化」とでも銘打っておくが、単なる殴り書きがこの文章の取り柄だ。
………………

(調書作成をかねて。*音個、また、彼というのはわたくし本人だ) 音個は全裸で保護された。ありとあらゆる点で恥ずかしかった。ただし、誰かの代わりに恥をかいているようなところもあった。周りの方々はとてつもなく優しかったがったが、やっぱり音個は恥ずかしかった。それで照れ隠しなのか常になんか笑っていた。恥ずかしながら、それでもこの国でいきていた。日本である。
ここに書くことは、三十六歳の初夏のことである。重ねていうが生まれつき優しかった。ほかの誰よりも優しかったといいえるが、ただ、弱かった。虚弱ですらあった。
すでに右足も半ば複雑骨折による外科手術により失っていた。2.0あった視力も、今では、ほぼなかった。利き腕はふるえていたが、得意のへたくそな
エレキ
を弾く時だけは何とかおさまっていた。
頭も悪く、馬鹿であった。人を信頼することしかなかった。あほであった。まったく自信はなかったが、それでも、なんとか、一人くらいは守れるのではないか、と、強がってこと、暴れたことあったが、人を意図して直接暴力をふるうことは絶対になかったといいえる。薬物中毒壁に陥った。
集中力が続かなかった。それで、時に空気は読めず、周りに被害が及ぶことが多かった。ただ、いちずであった。無防備、なまでに、無残なまでに。
みたてでは、生まれついての発達障害であり、十六年間誤診を受けていた。
無様であった。
実際あらゆる点でおびえており、それで、時に我慢ができずに、暴れることがあった。
誰も話は聞かなかった。すくなくとも半分くらいしか、聞いてはくれなかった。それで、時に罵声を浴びせた。さらに相手にされなくなっていった。
犠牲がいる、そう思った。スケープゴートがいる。そう思った。ただし、おれが死ねば、次に被害が出るのは、家族か友人か、彼を愛す人とか、とにかく、おれの次にさみしいやつだ。そう信じ込んでそれを証明したかった。
36歳の初夏のある日、人間関係も破綻し、一切に希望を見いだせなかったある日、いろいろ、脅迫やPCハッキングをくらわされて、正直怯えて混乱していた。死んでもいい、と思った。しかしところが、やっぱり音個は最後のところで、勇気がなかった。悔しかった、無性に悔しかった。思い切って最後のところを見せつけようと思い、ざまあみろ、そういってから、目につく限りのもの(薬品等)を飲んだ。それでも、やっぱり生きていた。天井からぶら下がるイメージが、音個を捉えきっていた。抵抗した。それは先にやられていた。だから、抵抗し、また、そのときは薬物の影響下により混乱していたため、できなかった。
次の犠牲、とにかく、おれの次にさみしいやつ、だ。そう信じ込んでいた。ほとんどの点では的を得ていた、といいえる。
徹底的に恥をかけばいい、そう思った。壁は崩せなかったので、よじ登って乗り越えた。それも、血まみれで。
助けてくれだれか。暴れながらも、助けを求めた。気が付いたときに警察に保護されており、泣いていた。ひとりで、膝を抱えて。
安易であった。しかし、おれのほかの誰か、あるいは一人、あるいは集団で安易ではなかっただろうか。助けてくれ。少し休ませてくれ。お願いだ;。
これ以上、今は悲惨なことを聞かせないでほしい。
おれのほかにその悲惨な片隅を、直視、してなかったのではなかろうか。やや、そう思う。
悲惨なところからは目をそらしていなかったか。少しそうおもう。
今朝、おれの部屋を、一瞥してから、「これはひどい」、と警察はそういった。
それを、みせてもいい。
それが、みたいか? 誰かなんかゆうてほしい。
体中がいたい。寝てるだけで消耗する。ちょっとゆっくりしゃべらせてほしい。実際、呼吸があがってる。しせいがたもたれへん。
果たして一か所が強烈にゆがむのはなぜか、ぜんたいがゆがんでいるためである。
音個は以前にも、三十五歳にして勾留を受けていた。その間に覚えた一つの怒りについて、少し書きたい。
「いまでもよく記憶しているのは、授業で絵画の時間が始まったときです。先生が、絵を描く道具を出して描きなさい、と言うのです。私は何も持っていません。私は瞬間に、わかりましたー母は学校で絵の時間があるのを知らない。絵を描くには、クレヨンやクレパスといった絵具が必要なことも知らない、と。
私は子供心に、母が私の、市か県か国かが支給してくれた学材費を生活費のほうに回してしまった、と気づいたのでした。「あっ、忘れたあ」、私は先生にそう言って席を立ち、画材を家から「取ってくる」と嘘をついて家へ戻ったのでした。
私は家で、しばらく母の帰りを待っていました。行商から帰ってきた母に「絵描くのに、クレパスいるんや」となじりました。母はうろたえました。百円でも二百円でも準備したでしょうが、クレパスが幾らなのかわからず、母は三十円くれました。私は文房具屋に走りました。
五色入りのクレヨンは、五十円でした。三十円しかありません。しかし、小さな学齢期の子供が、授業時間に学用品を買いに来ることから察したのか、文房具屋のオバさんは値段をまけてくれたのでした。学校への帰り道、私は誰に対してかわかりませんが、たとえようのない怒りに捕らえられていました」
(中上健次)
これにやや
やや似たケース
を、彼は、社会のなか、というより、
そこを追放された、牢屋の中で痛感する。
必要、というよりも、甘えで。
クレヨン、を甘いものにたとえるといい。
勾留をうける数日前から、薬しか飲んでいなかった。かくことは、マスターベーションいがい、殺気を帯びてだんだん凶暴になっていた。………
勾留を受ける数日前に、わたくしは、不動産屋の担当の方に五千円を借りておりました。食費です。しかし、捕まる当日、ポケットの中に、管理不足です。なくしてしまっていたのでいた。そこで、安易ながら食料を万引きして、つかまったのですが、わたくしはその借りたお金が心配で仕方なく、会いに来た母親に、なんとか、返すのでとりあえず、Kさんに5000円返しておいてほしい、と頼み込みました。数日、正直わたくしは腹が減っておりました。
「貧困による」といいわたされて、いれられた牢屋の中には鉄格子、それ以外何もなく、読みたい本もなく、眠れず、途方に暮れておりました。何もすることがなく、心配するだけです。おれはどうなるのか、よくわからんが自業自得だ。
甘いものが食べたい、ひそかにそう思っておりました。購買がある、それは知っておりましたが、カネを持っていない。
ある夜、差し入れがあったというので、用紙を二枚ほど渡され、サインを求められました。拇印がいる、早くしろ、と確かにこのようにいわれました。わたくしは、「だれが?」とそれだけをききましたが、看守は「そんなこと、あとで見ればわかる、早くしろ」というのです。正直むかつきましたが、言われた通りにし、あとで、差し出し人の名前を確認したところ、そこにはKさんの名前が書き込まれてありました。 借りたその五千円です。わたくしはありがたい、と思う以前に、はるかに誰に対してなのかわからない怒りに駆られておりました。
勾留を二か月近く終え、出てきたころ、血便が出ており、しまいには、血以外でてきませんでした。すぐ、病院に行きましたところ、腎臓にポリープができておりました。死ぬ寸前でございました。
(今、誰か、玄関の扉に来なかったか、殺気にみちて目が覚める。いたみで、目を覚ましてることが困難だ。脳内麻薬、それだと思う。次、おれの目の前に現れてみろ。せんこくのとおりだ)
(それよりも部屋を引き払わなくてはいけない。片づけなければいけない)。
 右足。たぶん、これのリハビリが先だ。そう思う。
音個は悲しいやつだった。どんな悲惨な状況を見渡しても、まず、駄洒落をゆってしまう、そんなやつだった。
駄洒落から、人生を始めてしまう、そんな、かなしいやつだった。そもそも、その名前を解説するに、「やまさきまさゆき」だ。この名前から、ヤ行を、抜いて見るに一目瞭然だ。それは、アントナン・アルトー以上にごろあわせだ。
「何を持ってしてもそれを埋めることはできなかった。いつしかわたくしの後頭部に生じた名前のない、一個の空虚の穴」アントナン・アルトー。
 警察の保護からの帰り道、なにもかもがつらかった。道行く通勤中の方々に頭を下げ、心中で「失礼します」と言ってから、目を伏せた。
往来で、土下座がしたかった。実際に隣室の方にお詫びを上げに行ったところ、出てはくれなかったので、土下座をしてから、部屋に入って何かを書き出した。ラスコーリニコフのように、ひざまづきたかった。
しかし、それでも、一つだけでも、勝ち取らねばならない何かがあった。どうするのかは知らなかった。知らない。それでも、とにかく書くことだ。そう思った。
PCに至っては、三台破壊されてしまっていた。あるアドバイスによると、ハッキングの犯人は「愉快犯」だときいたが、思った。そんな遠まわしせんと、話聞いてくださいよ、と。
けんか腰であった理由。自分自身を鼓舞するためだ。普段気力がなかったため、だ。
それも血まみれで。インターネットを血塗れでやってるやつ、ていうのもなかなか珍しい。
「不愉快、であった場合、やめればいい」警察からはそう教わった。
「では、自分のラインでかく場合、多少何を書いてもいいんだな、基地外のたわごとだ」そう思った。間違ってる、そう思う。
とはいえ、人にたずねながら、これはかいてもいいんですか、そうたずねた。が、いちいち、人がいるとは限らない。
だいたいわれたことが、「別に何を書いてもいい、お前が書いたところでキチガイのたわごとだ」そうかえってきた。
そこで、「これはすべて創作である」そう言って、武装した。
ところが何も書いてもいい、どころではなく、何を書いてもうるさがれた。実際にPC(パトカーではなく、パソコン)は破壊されていた。傷だらけ。無様であった。
時に判断は狂った。
知らない人のことはわからない。自分自身にいいきかせていた。投影した人はいませんか。
たぶんにそこは、あおったやつがいたわけだ。言いにくいが、次に姿をあらわしたときはせんこくのとおりだ。ギターで頭を叩き割る。宣告の通りだ。
だから、絶対にくるな。
………………

混沌コントロール・山﨑雅之

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混沌コントロール

1978年兵庫県尼崎市生まれ。作曲家、著作者、愚か者。冒険家。政治活動結社「医療大麻開放党」「東京公司大麻党連邦捜査局」(元「大麻自由党」)代表。IQ65 。前科3犯。  生まれ持ってのADHD患者であることが、誤診16年を経て判明したが、挙句、様々な薬物中毒に陥る。現在の日本の、特に精神医療に対して激しい怒りを持っている。これからも、持ち続ける。  と、思っていたが、2019年1月8日、捜査、及び、化学(科学)的根拠、令状文、また本人の自覚にかなり疑わしき部分が残る事情をもって「覚せい剤取締法違反」に問われ逮捕される。  およそ5ヶ月の勾留を経て、服薬量が大幅に回復(およそ十分の一の量にまでに減薬)。それでも、現在も、こりずに薬物問題に向き合っている。  その他、前科前歴多数。その殆どが間抜けな不注意によるもの。  バンド(地獄の一丁目)活動を経てバンド仲間から絶交される(実質見捨てられる形)にいたり、現在、アーティスト名を「混沌コントロール」と名乗り、「まったくライヴ活動をせずインターネット上だけで(つまりこの部屋から一歩も出ず…)世界を制覇してみせる」と断言。  2014年、本邦において初の動きとして創立に及ぶ政治活動結社「大麻自由党」が中国華僑新聞等のメディアにて世界的に着目を浴びたが、日本においてはその性質上メディアが全く動けず無視され続けるが、今後の展開が期待を孕む。(Wikipedia参照)(のちに削除)  さらに2014年、CNNにて、その演奏姿が全世界に放映されるに至り、ひとまずは、宣言通りの野望、その入り口にたどり着く。これから更に精進いたします。http://www.youtube.com/watch?v=1ExUt6i0boM&list=UUedHp6KcvCTPn-vEkXm8GwQ 混沌コントロール公式サイト(CTRL Global Label) http://konton-control.com/ 混沌コントロールサウンドクラウド https://soundcloud.com/konton-control https://soundcloud.com/konton-ctrl 混沌コントロールYoutubeチャンネル http://www.youtube.com/user/kontoncontrol 「この部屋から一歩も出ず、世界制覇」などと書いてはいたが、2013年5月頃、孤独死寸前の状況下において、拘留を受けたため、家賃が払えず、結局、部屋を追い出される。およそ、このあたりがその人生の第一部、完。  ミュージシャンとしての夢は、ゴールドディスクをいつか手にしてみせる!ということであるが、こないだ、すっかり更新忘れてて、 ゴールド免許さえ取得できなくなった のが、実際のところ。  2019年6月現在、フリーランス、在野において作曲、アレンジ、サウンドクリエーターの仕事を請け負っている。  さらに!現在、自伝をもとにした大長編作文小説執筆中。つづきは出版本で!詳しくは出版本で!!

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