逃げる新潟(第三章)

以上の断片的な殴り書きをわたくしはよく説明できないし、みなさんは理解できないかもしれないが、これがなかば、錯乱状態、その意識で懸命に書いた、その、意識の一断片である。
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 そして先に、わたくしが「犯罪行為を犯す」と、断言したとおり、
…冬のある日、ガサイレが入った。
 その時のメモの断片も、ここに記しておく。これも、殴り書きなので、よく理解できないかもしれないが、それでも、ありのままを載せる。
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昨日の(大麻取締法・覚醒剤取締法違反における取り調べ)まとめ
途中経過
 ゆるしてくれみんな! おれは絶対に令状などみてない、といったが、寝ぼけていたため、覚えていなかっただけだったみたいで、しっかり、家の中で令状を提示されているところを撮影されているらしかった。一瞬だけちらっとわたくしにその場を収めたらしい写真一枚をみせ、「これが令状」だと、警察は取り調べででいっていた。まあ、信用してやる。余りに不憫だ。が、その読み上げはついぞ、なされなかった。確実に用意はしてきてはいただろうが、そんなことを押し入られてからなんの説明もなく、提示されたとして、なんの意味があるのだろうか。 たとえ、いうとおりだとしても、でも、それでも、不法侵入だと思っている! 

おれの容疑は現行犯じゃあなかった! 絶対に! 隠滅する証拠なども残っていなかった! 肖像権、プライバシーの問題、なども、出そうと思えば出せる! でも、刑事さんが表面上はよい人だったので、おれはそこをつこうとは思わない。
 結論から、いうと、ナルコレプシーの症状が出て、調中その約、6分の5、くらいは寝てしまっていた、ということだ。しっかり、送検は、なされるそうだ。
 それでも、「医療大麻開放党」の必要性、その重大さ、世界的な政治活動である、ということは、しっかり、調書に刻み込んでいただいた。

「僕と同じような苦しみにさいなまれて、苦痛を緩和するすべがない、そんな人たちのために僕はやってるのだ」とも、書いてくれていた。
けっこう、それが別に悪いとも思わないが、単なる「ジャンキーども」、と、そうでない人間の区別くらいは、刑事ともなると、しっかり見極めてくれてはいるみたいだった。
「別に症状がとまれば何でもよく、大麻の品種、銘柄など、はっきり言って何でもよかった。そこまでの興味はいまさらない」とも、言っておいた。
 「はっきりいって、わたくしはいわゆる、現在の大御所大麻運動家たちを軽蔑している、なぜ、そんな御託を並べ立てておきながら、誰も政治団体の一つも作らずに、作れずに英雄気取りなのか」とも。しかも、なぜか、ほとんどシャレでわたくしがやってのけたら、嫉妬までして煙たがるのか、また、覚悟の一つも決まっておらないのに、出馬などして、言い訳して、逃げるのか、そして挙句、陰謀論など持ち出してきて、そんな連中が幅を利かせてわたくしは、何年も十年以上待ったが、何一つ、改善できなかったではないか、とも、ぶっちゃけのところを言ってあざ笑った。
 たとえば、自分とはかけ離れているが、チェ・ゲバラは、医者から革命家に転ずるに、「医者は個人の命を救うに対して、政治はその根本要因を取り除く」という葛藤から、命を賭した。
…比べ、なんたる違い! 低俗な状況! …つまらない。つまらなさすぎる。いい加減うんざりだ。
わたくしが今まで得た知識の中で暴力的な警察のやり口を告発しておく。なぜというに、「供述拒否権」の説明をする過程で「決して嘘をついていい、というのとは違いますからね」、と絶対に言われるのだが、ほかならぬ、警察自身が嘘をいう。
 まあ、わたくしには正当防衛以外での殺人や強姦とか、そんな、大罪を犯す肝っ玉はない。はっきりいってないし、そして、必要ない、と思っている、ので軽犯罪、窃盗(万引き程度)薬物の自己使用所持程度の場合だけしか語れない。
 鉄則としては、全て正直に話す。しかし、それはできない、そういうわけにも行かないのだ、ということは多いだろう。友人を売るような真似をしたいと思うか? おれは今回、有言実行の形でシノカワのこともしゃべっておいたが、普通、したくないはずだ。薬物の件であれば、だいたいが、数人で通謀行為をなしている。連れに回す場合なども、大いに有り得る。その時…(* ここで何かを書こうとして、途切れてある)
………………
 話が不可解になりすぎた。ここでいうのもなんだが、飛ばして読んでくれてもいい箇所だ。わたくしとしても、別にとりたてて挟み込まなくても良かったかもしれないと、やや、怖気づいている次第だ。
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 ところで、そのシノカワともう一人ややこしいチンピラがいた。いや、ややこしい、と思ったのは、篠川から色々と変な話を聞かされたためだが、ともかく、はじめ篠川とそのチンピラは面識はなかったのだが、わたくしが新潟へいくということは、篠川の嫌がらせがある、ということとほぼ断言して間違いないので、なにか、ひとつ暇つぶしでも与えておくよりほかない、そう思い、その、出会った当時はそこまでややこしい人物に思えなかったそのチンピラを篠川に紹介した(ちなみにこのチンピラとは精神病棟で出会った)。適当に暇つぶししててくれ、と思ってのことだった。またまた当時の日記・雑記からの引用になるが、まだ、わたくしが、新潟に「逃げる」前、尼崎での話だ。以下。なんども、もうしわけないが、以下は当時のSNSにおける投稿である。
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 あるドチンピラ(といっても、この経過は実は、篠川が愉快犯的に我々の中をこじらせようとしたことが後に判明する)がわたくしの友人Oくんの家に兄貴分ヅラして居座っておりました。ふたりとも、生活保護のお世話になっており、精神病棟で知り合ったなかであるとのこと。生活保護に於いてはだいたい4日にカネが支給されることになっており、その日に帰るからと言って、しばらくそのドチンピラはわたくしの友人Oくんの家を出ていこうとしない。帰って欲しい、とはっきりつたえると、暴力を振るう。殴るける、勝手に財布からカネを抜き取って使い切る。「もういやだ」「手を切りたい」。
 しかし、その時、運の悪いことにそのOくん、そのドチンピラと手を組んで部屋の片隅で大麻栽培に着手し始めておりました(栽培プロデュース・混沌コントロール)。つまり、警察を呼ぼうにもそういった事情があって呼べない。
 わたくしはわたくしで、ヨメの実家のある新潟にいるので、なんともしてあげようがない。そもそも、そんな事情を知らなかった。次にそのドチンピラ、わたくしのパシリと化した篠川にちょっかいをかけ出したという感じらしい。紹介をしたそもそもの経緯は、
「保護観察、執行猶予中であるため、覚醒剤がやれないので精神賦活剤がほしい」
ということであった。ベタナミンくらいなら篠川が持ってる。仲良くやってくれ、という条件のもと、わたくしは篠川を紹介した。その時は、そのドチンピラがそこまでのクズだとは存じなかったためだ。覚醒剤中毒者の苦しみもよく分かる。そもそも、そのドチンピラ、
 
「覚せい剤後遺症で精神障害二級をとった」

という、なかなかの剛の者、というか、ふてぶてしさだ。まあ、そこまでは、若気の至りとして、笑っておけるハナシだが、その後、最近の投稿でわたくしが言ってたようなチクりを、なぜそんなことをやるかといえば、おそらく、篠川をナメすぎたため、本気でやらかしやがった、とシノカワからきかされた。新潟にいったわたくしに対して、そのドチンピラは、表面上はお互い敬語で話をする、くらいのなかであったが、なぜか、そんな仲も良くないのに、「山﨑め、新潟なんぞに行きやがって、裏切りやがった」という、あまりにも自分勝手な陰口を叩いていた事を、シノカワと、その時シノカワに入れ知恵されていたOくんのハナシを後できいて知った。ふざけんな。家族を護るために新潟にいくことの何が裏切り、だ。
 そんなに、恋しかったら、新潟に来い、一晩くらいとめてやる。…。
 その他にも、なんと、わたくしのことをアホ呼ばわりしていたらしいが、それは当たっているので悔しいばかりだ。ああ、そのとおりだとも。IQテストによると小学六年生の知能に相当してある。
 
 まあ、その程度の陰口は叩かれ慣れているため、無視できるが、問題はOくんへの暴力と窃盗、恐喝、不法侵入だ。上記の理由があって警察沙汰にはし難い。そこで、篠川そのドチンピラがチクるチクらぬで、モメたことでもあって、Oくんをなんとか、助けてやる、ついでに、そのドチンピラを地獄に叩き落す、と、一応の正義感なのか、単なる、ムカつきなのか、よくわからないし、まあ、大人げないと断言して差し支えのない話でよくわからないが、ともかく篠川は決意した。Oくんの家から、まず、そのドチンピラを追い出すことが先決だ。と、市役所保護課の人々を呼び集め人数を揃えてから、Oくんの救出に、Oくんの部屋に飛び入った! …もちろん篠川はそんなときでも、突入するのは一番最後で安全が一通り確保されてから、というふうに決めてある。
 数名がかりでの突入であった、ときいてある。なんせ、相手は、元暴力団を自負してあって、実際に片腕の肘下には般若のスジボリがはいっている。その時に感情的になって書いたSNS上での手記も以下に挙げておく。
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 わたくしが尼崎を出ていった理由のもう一つに、安易に違法薬物の類が手に入ってしまう、というのがあります。なるべく、売人連中との接触は避けるようにし、また、
ヨメが怒るため、更に、実家に帰ってしまうため、
その時々の勢いだけで、あえてサムいニシナリにいってハッパ程度を入手して吸うくらいにとどめてあったが、いつ、タガが外れて、深入りしてしまうか、わかったものではない。はっきりいって、肉体的な症状だけで既に牢屋に閉じ込められているくらいの不自由と苦痛は有るのだが、そこをさらに、矯正施設なんかに入れられてしまうと、治療薬すら出ては来ません。精神病棟に入れられても、結局はADHDの理解は皆無に等しく、治療は不可能なので、逆に狂いにいくようなものだ。また、そこが社会の最果てとされる場所であろうが、結局、人とモメてしまう。懲罰、または、拘束なんかくらおうものなら、あれは、多動性注意欠陥の人間には拷問というよりほかない。以前、5日間だけ、懲罰審査会の末、嘘を貫き通した挙句、懲罰を食らったことがあるが、普段は厳しい看守に「我々も人間や、辛いのはわかる、だから、多少は足を崩しても、見て見ぬふりをするが、15分つどに偉いさんが回ってくるため、そのタイミングの間だけしっかり姿勢をたもっていてほしい!」と励まされたことがある。全く、嬉しくなかったが。…。
 そこで、ある日、案の定、ヨメが実家に帰っていたとき、わたくしは、処方薬でラリったすえ、ニシナリに走りました。焦燥をなんとか、食い止めるために、少量の大麻がほしかったのだ。数日、症状である焦燥に悩まされ睡眠をとってはいなかったので、眠りこけたかった。地下鉄に乗り、とある駅で降り、陰気な商店街をうろついていた。それらしい人物をかぎわけることくらい、なんの努力も必要としない。嗅覚、それだけあれば、知能は小学生のままでも十分すぎるほどだ。
「僕はみた、現代最良の精神が、狂気によって破壊され、ヒステリカルに裸で飢えながら、一発の怒りのドラッグを求めて、暗黒のニシナリ商店街をさまよい歩くのを」アレン・ギンズバーグ
 入手したモノは、5000円の一グラムの乾燥バッズであり、銘柄などわたくしには、わからないし、わからなくていい。これで、しばらく、数時間、あるいは一日くらい、焦燥を止めて眠りこけることができる。そう思って足早に帰宅しました。
 入手したモノを独占して使い切るのも、乙なものですが、やはり、人間には人間なりに、健全な好奇心というものが、ございます。それの裏返しが、ゼノフォビア、つまりは、排他精神です。わからないもの、特に、酩酊に関して日本文化はアルコールによるものだけが良しとされ、あとは裏社会に任せっきり、という、無責任さが、現状の脱法ドラッグ問題や違法薬物問題を悪化させている、とわたくしは、確信している。好奇心を持つものや、それを入手したくても出来ない人間に多少分け与えるくらいの友愛が欲しい。そこで、先程の、覚せい剤狂いのドチンピラと精神病棟において同じ釜のメシを二週間程度食った、というだけの付き合いだったのですが、それを、彼に分け与えました。普段から、話を聞いていて、「ムシが湧いて仕方なさそう」だったから、そこは、同じく薬物依存の劫罰をともにするものとしての、慈悲を気取ってしまったことも、認めておきましょうか。
 また、好奇心を持つ寂しい人間としては、シノカワ氏がおりますが、彼に分け与えてやるには、もう、モノが残っていなかった。そこで、入手方法を教えると、意を決した彼はわたくしの言ったとおりに事を実行したようです。入手したのかどうか、そこは、
 「下人の行方は誰も知らない」(芥川龍之介)
 ということで勘弁ください。わたくしの信念と言うか、美学と言うか、そういう心構えに、群れて悪事をなすのはなんかダサい、というのがあり、そこは単独行動です。
 どうやらわたくしはいらぬおせっかいをしてしまったらしい。更に欲を出したそのドチンピラが、もっと、欲しいという態度に切り替わって、時々電話をよこしてくるようになった。
 わたくしが、インタ-ネット上での強気な発言とは裏腹に、実際には協調性と平和主義、寛容の精神を備え持ってある人間であること、それを幾人かの人間がそれを証明してくれることを、わたくしは、願い、また、事実、知っている。
 特に病苦に苛まれている人間に対しては、いつも、なるべく、出来得る限り親切に対応したい、と心がけています。それが、あまりよく知ってはいないドチンピラであろうと、その程度のことで、態度をかえたりはしたくない。ついでにいってしまうと、わたくし自身が、そのドチンピラとなんら変わらぬ最底辺の人間であるので(売人家業を密かに手伝っていた時期もございます)、その、ドチンピラの渇望を完全に無視し切ることができなかった。しかし、カネを普段、お互い持っていない。周りの誰も持っていない。そこが、悪循環の入り口なのです。
 カネが入るやいなや、またしても、今度は自分のため、というよりは、ただ、分け与えるために、モノを買いに走りました。入手した先は、前とは違う売人です。そんなことは、どうでもよろしい。ともかくモノが入るか入らないか、そして、入手する、と決めたら、モノを手に入れるまではしつこくやるのが、わたくしの悪癖です。
そもそもが、人に分けるために入手したようなモノなので、次はそのドチンピラとある駅で待ち合わせして、そこに、シノカワ氏も、よんでおきました。彼はベタナミンを分け与えたかったようです。そこで、二人が初めてであった次第なのですが、もはや、わたくしの、新潟行は数日後に控えておりました。与えれるだけ与え、わたくしは、一服分くらいのものを持って、それを吹かして帰りました。
 後日、新潟で何事もなく暮らしておりましたら、そのドチンピラから連絡が入り、
「ベタナミンが欲しい」
というので、
「それなら以前のシノカワ氏にいって欲しい」という旨伝え、そして、どうか、お互い、今後共、仲良くやってくれ、よろしく、といって電話を切りました。
 その数日後に、シノカワ氏とそのドチンピラの対決、つまり、チクるチクらぬ、といったモメ事が起こったようです。「うらぎって新潟に行きやがった山﨑」(シノカワ談)からシノカワ氏にたかる先を変えた、と言った感じでしょうか。
 わたくしのパシリ、それだけ言ってしまうと、人々、とくに、いままでハッタリと脅しと暴力の世界で生きてきたドチンピラはシノカワ氏を単なるヘタレ、と思い込んで最初からなめた態度に出ていたことはわたくしの目から見ても明らかでした。それに出会いのはじめから篠川氏は、なにがしかのクスリとアルコールで酩酊し、やや、ろれつにキレがなかった。明らかに、見る人から見れば、「ラリってる状態」でありました。
 一方でドチンピラの方は、湧いたムシがおさまらず、いささかいらだち、そわそわと落ち着かない態度を示していました。それに、わたくしの相変わらずにひとをおちょくったような口調で紹介した言葉も悪かった。笑いながら、特にいうことがなかったから、「僕のパシリっすわ」といって、顎をシノカワ氏の方にやや回して示し、本人のシノカワ氏は「はじめまして。篠川です」と言いましたが、ドチンピラの方では、「ああ、どうも」といって、ちょこっと頭を下げただけだった。
 初の顔合わせがこの時だったのですが、全員、取り立てて話題はない。ドチンピラの念頭には早くモノを受け取ってキメたい一心。わたくしが、ちょこっと分けますわ、といって、ほとんど、一グラムのまるごと入ったチャック付きのパケから、一服ともう一服分くらいをその場で抜き取り、ドチンピラに手渡した。拳で丸め込んで相手の上着のポケットに押し込む感じです。そして、これ、このシノカワからといって、ベタナミン2シートを何も包み隠さない状態で手渡した。あとは、適当な会話を交わして、わたくしは暫く新潟に行くので、当面は会えないことを伝え、相手が落ち着いていないことで、欲望まるだしの心理が察せられたので、それでは、といって、それだけで、帰りました。人通りのない、駅前で、ただ、手渡して、わたくしは、一服をキメて、残りのもう一服分をシノカワ氏にも、手渡そうとしましたが、彼が受け取ったかどうかは想像に難くないでしょう。一服で十分のものでした、ちょこっと、散歩をして、シノカワ氏は「それでは、おれは帰る」、といったので、わたくしも帰ってそのまま寝ました。

混沌コントロール・山﨑雅之

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混沌コントロール

1978年兵庫県尼崎市生まれ。作曲家、著作者、愚か者。冒険家。政治活動結社「医療大麻開放党」「東京公司大麻党連邦捜査局」(元「大麻自由党」)代表。IQ65 。前科3犯。  生まれ持ってのADHD患者であることが、誤診16年を経て判明したが、挙句、様々な薬物中毒に陥る。現在の日本の、特に精神医療に対して激しい怒りを持っている。これからも、持ち続ける。  と、思っていたが、2019年1月8日、捜査、及び、化学(科学)的根拠、令状文、また本人の自覚にかなり疑わしき部分が残る事情をもって「覚せい剤取締法違反」に問われ逮捕される。  およそ5ヶ月の勾留を経て、服薬量が大幅に回復(およそ十分の一の量にまでに減薬)。それでも、現在も、こりずに薬物問題に向き合っている。  その他、前科前歴多数。その殆どが間抜けな不注意によるもの。  バンド(地獄の一丁目)活動を経てバンド仲間から絶交される(実質見捨てられる形)にいたり、現在、アーティスト名を「混沌コントロール」と名乗り、「まったくライヴ活動をせずインターネット上だけで(つまりこの部屋から一歩も出ず…)世界を制覇してみせる」と断言。  2014年、本邦において初の動きとして創立に及ぶ政治活動結社「大麻自由党」が中国華僑新聞等のメディアにて世界的に着目を浴びたが、日本においてはその性質上メディアが全く動けず無視され続けるが、今後の展開が期待を孕む。(Wikipedia参照)(のちに削除)  さらに2014年、CNNにて、その演奏姿が全世界に放映されるに至り、ひとまずは、宣言通りの野望、その入り口にたどり着く。これから更に精進いたします。http://www.youtube.com/watch?v=1ExUt6i0boM&list=UUedHp6KcvCTPn-vEkXm8GwQ 混沌コントロール公式サイト(CTRL Global Label) http://konton-control.com/ 混沌コントロールサウンドクラウド https://soundcloud.com/konton-control https://soundcloud.com/konton-ctrl 混沌コントロールYoutubeチャンネル http://www.youtube.com/user/kontoncontrol 「この部屋から一歩も出ず、世界制覇」などと書いてはいたが、2013年5月頃、孤独死寸前の状況下において、拘留を受けたため、家賃が払えず、結局、部屋を追い出される。およそ、このあたりがその人生の第一部、完。  ミュージシャンとしての夢は、ゴールドディスクをいつか手にしてみせる!ということであるが、こないだ、すっかり更新忘れてて、 ゴールド免許さえ取得できなくなった のが、実際のところ。  2019年6月現在、フリーランス、在野において作曲、アレンジ、サウンドクリエーターの仕事を請け負っている。  さらに!現在、自伝をもとにした大長編作文小説執筆中。つづきは出版本で!詳しくは出版本で!!

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