薬物は時代的試練である

反抗的人間 2011年08月27日

 たいち(高校生時代のサッカー部の後輩に、「山﨑さんは悪いやつちゃうねんで?」というのをいわせる山﨑氏!)、おれの少年時代を証明してくれないか。

 高校生までは優秀だった。はっきりいって、全く勉強しなくても学年一番の成績をたたき出せる、優秀な人間だった。数学はやらなかったけど語学と倫理(哲学)においてはおれの右にでるやつはいなかった。成績だけの問題じゃない、

実際の実力において、だ。

またいたってまじめな、犯罪なんて一度としておかしたこと、…

ああ。あったわ、小学生のとき、たばこすってたわ。

まあ、その程度で、ありとあらゆる点において、いや、ちょっといたずらするかわいいやつ

だった。17くらいから酒をのみだしたが、まあその程度ならみんなやるだろう。

16の時に、作曲というか録音をやり始めた(実際は8歳の頃の作品が既にあったが)。なんとMTRの存在をしらなかったから、

ラジカセのオーヴァーダビングにて音を重ねるという、ひどいやり方だった。

楽器なんて一切できなかったが、家になぜかマルチエフェクターとエレキギターが一台あって、スケールとかコードなんて存在自体しらなかった。

それでいいとおもう!

で出来上がったギャグソングを放送部に無理やり手渡し、昼飯時にかけてもらい、みんなの爆笑を誘う

ナイスなガキだった。にんきものだった、はっきりいって。

しかももててた!サッカーに必死な点がかっこよかった! らしい!かわいいこばっかに。 で!  で!  一気になんすか、

7人の子にコクられた! 

しかもひとりはほかの学校の子だった!

でも全く興味がなかったというか、中途半端にそういうのは、なんていうか苦手だった。

もったいないことをした…。

でMTRの存在を知り、昼メシをひたすら抜いて4トラックのテープのMTRを購入!そこからだ。おれがおかしくなっていったのは…。いやそのころはまだ、ましだったが、高校出てからだ。問題は…。録音に没頭し出した。どうやったら

普通の曲がつくれるんだろう!?

必死にギターを練習した。飲まず食わず、生まれつき眠れず、それでもギターの歪がおれを中毒させていた、すっかり、エレキ少年になっていた。カート・コバーンが好きだった。が、キングクリムゾンはもっと好きだった。

必死に作曲を勉強しましたよ、でもいまでどうやったら普通の曲がつくれるんだ、って悩みにかわりはない。普通じゃないと思う。おれの曲は。

すぐれている!とおもう。はっきりいって!!!!

 決定的なことに、まあ、いろいろあって、19の時に、

首吊りをやらかしてしまった。

つらかった! はっきりいってつらかった。

そこからだ、おれが普通のことが、いわゆる普通にできてあたりまえな、日常茶飯事がまったくできなくなっていったのは。

なんなんだ! なんなんだこれ! っておもいながら、それでも必死にギターを弾き続けた。今これをかきながら、

なぜか、

半泣きになっておる。

さあ、早く、いってやってくれ給え、たいちくん!?

『コメントbyたいち 2011年08月26日 

「呪われた校歌」「めぐみ」を思い出しましたw

サッカー部の時もかっこよかったですよ。すごいスタミナの右サイドバックでした!!

部の伝統や先生方に接する姿勢を教えていたのです!!一番慕っておりましたw』

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反抗的人間(お待たせいたしました。ドロップアウト編)

 僕はドラッグとかシンナーだとかは嫌いだった。自らの力でドーパミンを放出するタフな脳みそこそがおれの理想だった。しかし現実はそんなにあまくない。最近になって解ったことだが、おれは実際は精神病ではなく、もともとは、脳障害のひとつであるADHD患者であった。これの特徴に

傷つきやすい

というのがある。症状については僕昔散々、色々と文献や、また、世界一胡散臭いサイトWikipediaを参照にADHDというテーマで書いたのでそこを読むなり、実際に自分でしらべてください。

何故傷つきやすいかというと…

先程の前振りが参考になるだろう。

プライドが高い、からだ。誇り高いから、だ。

すぐグレた人物、あ、いや、優れた人物が、このADHDとそれにともなう二時障害のうつ病、また、3名の精神科医からは躁病も指摘されており、実際みとめるしかないのだが、ここまでいえば頭のいいひとならわかるだろう。

全く、滑稽なほどあたりまえのことができなくなっていって、努力しようにもやれず、、しかも時代がわるかった。「あいつは狂ってる」「変な薬を飲んでいる」。

全くの無理解。当然攻撃をうけまくる。どうせえゆうねん!?挙句家族から「変な病院に通うのは反対や」「働けば治る!」

とか、散々であった!

だから、もうどうしようもなくなった人間は反抗に走るしかない! 人生の半分近くの反抗生活。もはや暴力でおれを屈服させることは不可能だとはっきりここでいっておく。

「自分の尊敬するものしかおそれない」スタンダール

そしてタチのわるいことに、ランボーの生き方をかえよ、という言葉と、ラスコーリニコフの犯罪哲学、坂口安吾の堕落論などほか多数、の書物に星をみていた。ここにこそ唯一、自分自身を救う道があるんじゃないか?

ある日、…が僕の家に、いわゆるシャブをもってきた。

おれは怒った! そいつをなんとかして、とめたかった。

「おいおまえ!(殴る)貸せ、それ渡さんかい!」 

うばいとったパケを開封して、そいつがもってたアルミホイルに載せて全部くったった。よこには昔一緒につるんでた

多田氏(若干仮名)

もいた。そいつもちょっとやってみたい。というかんじで、やってみた。で、どうだってきくと

「よくわからないから、もう一回やらせて!」といった。笑。

つまり、己の口からもう一回やらせて、これは、

依存である! すでに。。。残念なことに!

で、15分くらい経ち、そんなものはじめての僕にも元気になってくるのがわかる。

いわゆる、ハイであった。

そのままドライブに出かけ、うざいぐらいにしゃべりまくり、そこからおれは非常に悩んだ。

こんな化学物質、ちょこっと吸ってみただけで、人の意識状態がこんなにもに変わっていいものか?

悲しかった…。でも、それが

現実であった。

これは勉強しなけければいけない! 絶対絶対追求して

「ドラッグなんか世間で言うほどたいしたもんちゃうで!」

っていってみたかった。が、追求すればするほど、

「なかなかたいしたもの」

であった。個人的に一番おもしろかったのは、きのこだったが。

 と、まあそんな僕がもともとまじめだったせいで

逆に反抗的な人間になってしまったという、今回もすべて

病気のせいであります! 押忍!(便利な病気だ。まあ実際かかってみたひとのみわかる。便利かどうか。。。)

つかれた。つづくかもしれないが、だいたいのことはいったのでここらへんにしておこう。コメントでおぎなおう。

konton-control・山﨑雅之介

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混沌コントロール

1978年兵庫県尼崎市生まれ。作曲家、著作者、愚か者。政治活動結社「医療大麻開放党」(元「大麻自由党」)代表。IQ65 。  生まれ持ってのADHD患者であることが、誤診16年を経て判明したが、挙句、様々な薬物中毒に陥る。現在の日本の、特に精神医療に対して激しい怒りを持っている。これからも、持ち続ける。  と、思っていたが、2018年1月8日、捜査、及び、化学(科学)的根拠、令状文、また本人の自覚にかなり疑わしき部分が残る事情をもって「覚せい剤取締法違反」に問われ逮捕される。  およそ5ヶ月の勾留を経て、服薬量が大幅に回復(およそ十分の一の量にまでに減薬)。それでも、現在も、こりずに薬物問題に向き合っている。  その他、前科前歴多数。その殆どが間抜けな不注意によるもの。  バンド(地獄の一丁目)活動を経てバンド仲間から絶交される(実質見捨てられる形)にいたり、現在、アーティスト名を「混沌コントロール」と名乗り、「まったくライヴ活動をせずインターネット上だけで(つまりこの部屋から一歩も出ず…)世界を制覇してみせる」と断言。  2014年、本邦において初の動きとして創立に及ぶ政治活動結社「大麻自由党」が中国華僑新聞等のメディアにて世界的に着目を浴びたが、日本においてはその性質上メディアが全く動けず無視され続けるが、今後の展開が期待を孕む。(Wikipedia参照)  さらに2014年、CNNにて、その演奏姿が全世界に放映されるに至り、ひとまずは、宣言通りの野 望、その入り口にたどり着く。これから更に精進いたします。http://www.youtube.com/watch?v=1ExUt6i0boM&list=UUedHp6KcvCTPn-vEkXm8GwQ 混沌コントロール公式サイト(CTRL Global Label) http://konton-control.com/ 混沌コントロールサウンドクラウド https://soundcloud.com/konton-control https://soundcloud.com/konton-ctrl 混沌コントロールYoutubeチャンネル http://www.youtube.com/user/kontoncontrol 「この部屋から一歩も出ず、世界制覇」などと書いてはいたが、2013年5月頃、孤独死寸前の状況下において、拘留を受けたため、家賃が払えず、結局、部屋を追い出される。およそ、このあたりがその人生の第一部、完。  ミュージシャンとしての夢は、ゴールドディスクをいつか手にしてみせる!ということであるが、こないだ、すっかり更新忘れてて、 ゴールド免許さえ取得できなくなった のが、実際のところ。  2019年6月現在、フリーランス、在野において作曲、アレンジ、サウンドクリエーターの仕事を請け負っている。  さらに!現在、自伝をもとにした大長編作文小説執筆中。つづきは出版本で!詳しくは出版本で!!

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