おれの親父

そこで出てくるのが、次おやじや。聞け、聞いていけや。冥途の土産に。

おやじが料理人をめざすことを決意したその理由。ききたいか? さきにいうとく。なくで自分ら? おれかてうちながら、泣いてまう!

当時、結核、といえば、それは隔離されるほどの難病であった。なぜというに、

うつっては困る、といって

被害を恐れたためだ。おれのお婆ちゃん、つまり、おれのおとんのおかんに当たる、おばあちゃんを隔離した。せざるをえなかった。おやじが小学生、4,5年のころ。まるで、おれと生き写しのそっくりな少年だ、まあ、なかなか、おれほどではないが男前である。見た目、外見、ルックス、姿、顔、形、ついでに、色とカラー、それらすべてがいけてる少年だった。

そこまでは実は知らない。でも、純真な心を持った少年だったことが判明すると思う。それが人間の善なる部分だ。

貧しい家庭であった。

おれがADHDであることは、羞恥の周知の事実だ。近年の研究で知られてあるように遺伝の関係性から察するにおじいちゃんだが、その彼も、ADHDの傾向にあったと思う。睡眠薬を服用していた。

そして、一度、会社を倒産させていた。

そのあたりの事情はくわしくはきいていない。とにかく貧しい家庭であった。

おじいちゃんの会社がらみのことで、祖母は実家を追い出されるようにして、遺産も受け取らなかった、おれは、そうきいている。ささやかな幸せをお嬢さんでありながら、それだけを選んでとったのだ。まずこのあたりですでに、おれの目頭があつい。

当時のことを親父はこう語る。

「ばあちゃん、死ぬ、と思ったんや」

「それでな、わし、思たんや。隔離されて、そんな家族にも会えずに寂しいにきまってる。わしがやらな、誰がやるんじゃ」

「山奥に収容されてる.それは知ってる。大体の場所もきいてる。小遣いもらったばっかりやんけ」

その少年親父、思い立ったが、吉日とばかり、駅に向かった。当時はまだ国鉄や。

まったく無計画、それはなんとなくおれにはわかる。衝動行動や。みんなが忘れてしまってる、でも、どこか大事な、人間性の一部や! 損得感情まったくなしや。大体、たどり着けるかどうかさえ、小学生にはわからへん。それでも、病気して、もしかしたら、明日にでも死んでしまうかもしれない母親にあいたかった。そう、会いたかった、だから、会いに行った。おれに言わせれば、ごく、自然な行為や。ちがうかみんな?

おじいちゃん(親父からしたら父)が仕事に集中せず、趣味でやってる絵(なかなか、国に認められるほどの絵描きだったみたいだ)をばかり描いて、会社を倒産させた。ええとこのお嬢さんに生まれながら、好きになったおじいちゃんののために、苦労ばっかりかさねたが、何一つ文句いうたこといちどもあらへん。すくなくとも、おれはきいたことない! おまえらにそれがわかってたまるか! いやごめん。つい、ゆうてもうた。、そんなおばあちゃんが病気してつらい思いしてるんや。黙ってられるか、そこで黙ってる、そんなやつ男、と思うか?

いうたとおり、小遣いもらったばっかりじゃ。これが、おれの全財産や、後は、もらった、命だけやが、それをもらったひとに、今から会いに行くんじゃ。もし、会えずに死んだらどないするんじゃ、そんなこと、おれが許してたまるか。文句あるやつはとめてみろ。少年はそう思ったわけだ。

隔離されてる、そのわけが君たちにわかるか。社会の中にいては実害を及ぼす恐れ、つまり、危険であるということだ。最悪、他人を殺すケースもありうる!(この場合はうつるとかで。おれとはちがって!)

しかし、少年であった親父は断固としてこう思った。

「別に、死んだら、それがどうした。別に死んでもええやないか」

「おれのおかん(つまりおばあちゃん)がなんかわるいことでもしたんか。それで死んだらその時、家族は見殺しやないか。くわしいことはわからへん。それでも、会いに行くことくらいはできるやないか。それが自然の愛というものちゃうんか、おまえ! 小遣い貰ったばっかりじゃ」

尋ねるところはそこは尋ねて、夢中で隔離病院めざして、さがしてあるいたわけや。当時は、国鉄いうたんじゃ。

当時のひとたちは、

今と違って

人情いうもんもっとった。

こんな小さい小学生が、ひとりで山奥の隔離病院目指していく姿、なにか重要な気配くらいは読み取るわな、今と違って。何でもかんでも無視する今とは違って。

小学生の親父にすれば、今まで乗ったこともない電車にのって、山奥の病院にいくなど、ほとんど冒険に近かった。せめて、パ-ティをくんでいくべきやった。しかしそれでも、一人で行った。ついてくる奴誰もいてへん。それにしかも、たどりつけたところで、もしかしたら、面会すら謝絶される可能性もあったが、おれがしるか、そんなこと、とにかく、向こうで話せばええ。電話?今と違ってないんじゃ当時は。常に体はってやらなあかんのじゃ。おかんに、あいたい、それだけや、わかってたまるかおまえらに。小遣い貰ったばっかりじゃ。死んだら死んだでそれがどうした。

そこはさすが、おれのおやじや。見事にひとりでたどりついてみせたわけよ。大冒険や。小学生にはバッドもグッドもよくわからんが、それでも、トリップと言ってさしつかえない。おかんに会いたい。それ以外のことは考えてない。それが普通とおもうわ、おれは。

そこでいっせいに驚いたのが、病院のスタッフたちや。バスもでてへん、それでも会いに来よったこの少年。隔離されてる母親に会いに、死ぬかもしれんところにひとりでたずねてきよった、この小学生。そのときすでに、年齢なんかどうでもええ、そのときすでに、おとこ、といってまちがいない。

当時は隔離病院といえど、やっぱりそれでも、ひとのぬくもりがあったんや。スタッフたちはすぐにおばあちゃんにあわせてくれた。おばあちゃんは

「いや、まあ、次郎やないの」

とそれだけ元気に笑って言った。無邪気なマイペースなひとや。それがおれのおばあちゃんじゃ。死ぬ心配はなさそうや、よくわからんがなんか元気や、そう確信した時、一気に疲労が押し寄せた。そこは何と言っても、山奥、や。朝から出かけて、すでに日は傾きつつあった。

そこで、そのまま、はい、用件が終わったらかえりなさい、と言うか? 君たちがスタッフであった場合?

死ぬ覚悟までして、こんな山奥の隔離病棟にきた小学生に病院の職員たちはやさしかった。当然だ、もしかしたら、本当に死ぬ可能性がお互い大いにありえるのだ。そのまま、帰れと、いえるか、普通。おれには絶対いえないな。きみたちとはちがって。一日中、ひたすら歩いてここまで来たに違いない。そんなことくらい勤めてる側からすれば、すぐにわかって当然だ。しばらく少年の話題が続いた後に至極自然な意見が出た。「たぶん、なにもたべてない。きっとおなかがすいてるにちがいない」

そこで、当時の医療はまだ、ある程度、融通が利いた。こころ、というものが残っていた。おれの単なる思い込みだが。

ただちに、なにか食事をさせてあげようとなり、病院専属のコックが無給で料理を作ってあげる運びとなった。少年には今日は朝から何か食べたのか、とただそれだけきいただけだった。当然何も食べてない、ありのままを、直接いった。

コックは、少年を喜ばせたかった。そこもまた人情があってよくないか、よい、おれはそう思う。だから、旗つきのオムライスを粋な風に作って食べてごらんとさしだした。見たことがない料理だった。これはなんていう食べ物ですか、とおもったが、何もいわずにひとくちたべたら、それが、今まで食べた何ものよりもおいしかった! 死ぬ覚悟をして得た食料だ。それを自然の姿といわずして何という?幸せだった、母の無事を確認できて、こんな見たことも無い、上等な料理を食べさせてもらっている。涙が自然に流れ出た。食べながら、涙を流して、感謝した。

それから祖母は、無事退院することになった運びであるが、親父はあのときのオムライスのことを忘れてはいない。俺もあんな料理作れるようになりたい、そのためやったら、必死に勉強もするやんけ、そして中学を卒業してそのまま、一途に料理の道に入ったのである。死ぬ覚悟は決めていたのだ、当初から。

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混沌コントロール

1978年兵庫県尼崎市生まれ。作曲家、著作者、愚か者。政治活動結社「医療大麻開放党」(元「大麻自由党」)代表。IQ65 。  生まれ持ってのADHD患者であることが、誤診16年を経て判明したが、挙句、様々な薬物中毒に陥る。現在の日本の、特に精神医療に対して激しい怒りを持っている。これからも、持ち続ける。  と、思っていたが、2019年1月8日、捜査、及び、化学(科学)的根拠、令状文、また本人の自覚にかなり疑わしき部分が残る事情をもって「覚せい剤取締法違反」に問われ逮捕される。  およそ5ヶ月の勾留を経て、服薬量が大幅に回復(およそ十分の一の量にまでに減薬)。それでも、現在も、こりずに薬物問題に向き合っている。  その他、前科前歴多数。その殆どが間抜けな不注意によるもの。  バンド(地獄の一丁目)活動を経てバンド仲間から絶交される(実質見捨てられる形)にいたり、現在、アーティスト名を「混沌コントロール」と名乗り、「まったくライヴ活動をせずインターネット上だけで(つまりこの部屋から一歩も出ず…)世界を制覇してみせる」と断言。  2014年、本邦において初の動きとして創立に及ぶ政治活動結社「大麻自由党」が中国華僑新聞等のメディアにて世界的に着目を浴びたが、日本においてはその性質上メディアが全く動けず無視され続けるが、今後の展開が期待を孕む。(Wikipedia参照)  さらに2014年、CNNにて、その演奏姿が全世界に放映されるに至り、ひとまずは、宣言通りの野 望、その入り口にたどり着く。これから更に精進いたします。http://www.youtube.com/watch?v=1ExUt6i0boM&list=UUedHp6KcvCTPn-vEkXm8GwQ 混沌コントロール公式サイト(CTRL Global Label) http://konton-control.com/ 混沌コントロールサウンドクラウド https://soundcloud.com/konton-control https://soundcloud.com/konton-ctrl 混沌コントロールYoutubeチャンネル http://www.youtube.com/user/kontoncontrol 「この部屋から一歩も出ず、世界制覇」などと書いてはいたが、2013年5月頃、孤独死寸前の状況下において、拘留を受けたため、家賃が払えず、結局、部屋を追い出される。およそ、このあたりがその人生の第一部、完。  ミュージシャンとしての夢は、ゴールドディスクをいつか手にしてみせる!ということであるが、こないだ、すっかり更新忘れてて、 ゴールド免許さえ取得できなくなった のが、実際のところ。  2019年6月現在、フリーランス、在野において作曲、アレンジ、サウンドクリエーターの仕事を請け負っている。  さらに!現在、自伝をもとにした大長編作文小説執筆中。つづきは出版本で!詳しくは出版本で!!

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