とある右翼を名乗るホモの性魔術

 尼崎から、初めて、新潟に夜行バスできた理由は二つあった。一つは嫁の実家に挨拶しに来て、そのまま、嫁が故郷のほうが安心するからそのまま住もう、ということ。もう一つは、関わりのあったチンピラどもを見限って相手にしたくなく、尼崎における警察沙汰がほとほとめんどくさくなった、というものであった。
 十一月はじめ、もう既に寒い冬の訪れ、どころか、これではまるで、真冬だと思った。わたくしは夜行バスの中で睡眠薬をのんで、それでも、全く眠れずに、揺られて新潟に来た。尼崎で、わたくしは、実際の正しい診断をくだされるまでは「非定型精神病」という、精神科医三名による誤診を十六年間受け続け、大量の投薬によって、ほぼ、いや、完全に薬物中毒癖に陥っていた。周囲の友人たちから、完全に相手にされなくなっていた。つるむ、といえば、その、チンピラどもだけだった。それでも、特に憂鬱ではなく、むしろ、陽気に過ごしていたが、軽蔑していた。だらだらと、交遊が続いていた。警察沙汰は、しょっちゅうのことだった。そのチンピラ連中の中には、いわゆるホモもいた。いや、ホモ、というと、なんかその響きが笑ってしまうので、ゲイ、にしておこう。そいつは、ゲイ、だった。とてもとっても、ゲイだった。それだけなら、なんの偏見もないが、困ったことに、なんと、なんの取り柄もないわたくしに、惚れていたようだ。 …。やめてくれ。勘弁してくれ。
 わたくしのことについて、多少ふれておくと、尼崎では、誤診、つまり、実際は生まれついてのADHDであることが診断されず、三十歳までは、アルバイトや、一時期は建築商社の正社員として、働いていた。どこも、続かずに、仕事を転々としていた。それはしかし、症状だけが理由ではない。
 ひたすら、十七の時からエレクトリック・ギターを弾いていた。作曲は幼少の頃から出来た。だから、創作がしたかったのだ。当然、障害による症状が発覚するまでは、性格破綻と周囲からはいわれみなされ、数年続けたバンドも、メンバーからの絶交によって解散した。それが、無性に悔しく、わたくしは、絶対なんとしてでも、傍目には執着に見えたであろうほど、音楽にしがみついた。創作を続け、病気を悪化させた。しかし、その体調の悪さを唯一、食い止める手段が創作であった。
そして、いまわしい時代、二十代後半において、まったくわたくしの体は動かず、実家に住んでいたが、家族と口をきくことも、ほぼなかった。沈黙の数年が続き、しまいに生活保護を受ける羽目となった。そこから、次第に体調は回復し、インターネットを覚え、ひたすら自分の曲をアップロードし続けて、次第に、曲の理解者が現れだした。生まれつきとしては、お調子者といっていいほど、楽観的な性格なので、益々調子づいて、アップロードの頻度はましていき、三百曲以上作り、すべてを、アップロードしていった。
 それから、しばらくそれをひたすら続けて、なんとも、光栄なことに、アメリカの友人、CNNのキャスターがわたくしの演奏姿を、全世界に向けて放映してくれた。嬉しかった。(なんでしたら、URLも載せましょか?)
 そして、現在の嫁と出会った。最初にいったように、嫁は新潟出身である。
 新潟から、尼崎まで、新幹線で会いに来たが、その顛末については、今はおいておこう。
 
 昔、「さんざん極まりない状況」において、そこからは生活保護を受け、次第に体調は回復していった、とはいったもの、その生活は周囲の人間から見れば、さらに「凄惨極まりない」ものだった、と、幾人かの友人、知人、インターネットで出会う友人はみんな口をそろえて、いっている。全く自覚はなかったが、そんな生活をしていた。かたづけができない。とういうよりも。部屋や身辺にまったく興味がない。服装は着の身着のまま、風呂に一週間くらいはいらないことは当たり前で、部屋の床中に、飲んだ薬のシートが散乱し、足場はなく、掃除などしたことはなかった。一度、警察に後に書くある事情で保護されたとき、現場検証のためにわたくしの部屋に踏み込んだ警官二名がつぶやいた。「これはひどい…。」
 さらには、陰湿で、虚言癖のある、さきほどのべた、ゲイ、に付きまとわれており、その事実をあとになって知ったわたくしは、そのゲイを友人とみなしていた。こいつがまた厄介だった。
 わたくしに対して接するとき、その男? 一応、男の年齢五十てまえの、俗に言うおっさんだ、そのおっさんはわたくしにたいするときは、極めて親切、いや、粘着的な態度を示していた。「いい人やな」と、安易にひとを信用しやすいわたくしは、そう思い続けていた。しかし、それがケツの穴、ああ、いや、落とし穴であった。不覚であった。…。
 新潟、というと、わたくしにとっては、坂口安吾である。田中角栄など、問題ではない。図書館で、坂口安吾の著作を懐かしく読んだ。読んだことのなかった図書も多くあり、嬉しく読んだ。資料館にも、足を運んだ。係員の女性が、安吾と似たようなメガネを掛けていたので、思わず、「それは、安吾さんを意識してるんですか?」などと、たずねてみたが、女性は笑って、「頭の中身が違いますから」と照れながらうつむいて笑って、わたくしの方でも、面白かった。わたくしも まだ二十代の頃、決して、安吾の真似をしていたわけではないが、バルビツール酸や覚醒剤に中毒していた時期もある。そういう日々を振り返り、苦いような、懐かしいような気持である。
 
 初めて、新潟の地に降り立ったとき、嫁が車でむかえにきた。それまでは、わたくしたちは兵庫県尼崎市で一緒に住んでいた。というのも、わたくしは尼崎で生活保護を受けていたが、嫁の方はといえば、どうにも、関西、それも尼崎の喧騒に溶け込めず、肌が会わず、ストレスを感じて、一旦、帰って、新潟で仕事を見つけ、やり始め、家庭教師の職に就いていた。わたくしの脳障害が重度であり、また、間違った治療を医師がひたすら押し続け、わたくしはわたくしで「根性で治す」と意気込んでいたり、また、密かにその、精神科医たちの出す薬の副作用で、酩酊することを覚えて、そうなれば当然乱用に至るが、ともかくも、毎日、襲われる焦燥感と(集中欠如)治そうとしながらもいわば、めちゃくちゃで、お話にならず、そんな治療を続けてきたのだった。そして挙句、その挙句、出た、ただしい、重ねていうが、ただしい診断が、ADHDであり、「これは生まれつきの障害なので一生治らない」という答えだった(通院費から、診察代まで全て返してくれないと困るんだが!)。 
 生活保護に頼らざるをえない。極めつけなことには、ADHDといえば、ついこの間、遺伝子レベルの障害である、というのが九州のどこぞの大学で突き止められたばかりだ。だから、三十六歳で正しい診断が、理解が、いや、その兆候がやっと得られるにいたるまで、まったくわたくしは適切な治療を行えてはいなかったので、周囲からみれば「もはや、山﨑は、すでに……手遅れ」。ということだ。…ややこのあたりの事情に関しては、実際に殺意を覚えるに至るほど憎悪していることでもあり、やや熱がこもってしまったが、実際、そんな事はどうでもよろしい。自己紹介がてら書いたまでだ。
 知能テストなるものも、うけた。所謂IQテストである。成人の平均が百、に対して、「精神科医」及び、「出口なきわたくしの悪あがき」によって、さんざん、頭脳やら知能やら、全身骨折やら、自己破産やら、強制執行やら、はては投獄に至るまでのことやらを繰り返し、ありとあらゆる己を、破壊し尽くして生きてきた、という、ただ、それだけの、歪んだナルシシズムによって、知能検査のIQ65(軽度知的障害)という結果は、流石に、その事実を、告げられたときは、ショックを受けたが、一時たてば、「ん? いやいや、もし、健常者、と言われる連中の中に、混じってその、明らかに、劣った知能だが頭脳だかIQだかなんだか知らんが、それだけの頭で、ここまで生き抜いてきた、というのは、はっきり言って、天才的、いや、「超人」のなせる技ではないか」、という確信に至る。それにそもそも、いま現代の日本社会人で、どれほどの人間が、「その百もある知能数値」を活用して、いきているのだろうか、とも冗談抜きで思ってしまった次第だ。はっきり言って、そんなもの、いらない社会構造になってはいないか?
 一部の専門家を除いて、別に、「自分で考える」必要のある社会の構造をなしているだろうか。と、そんな気もしている。あえていうが、多少なりとも、わたくしの考え、意見に、みるべきものがあるとしたら、それはこそまさしく、「悪い頭で真剣に考える」ためだと、思っている。それに、わたくしは、決して、「頭」だけでは、考えたり、感じ取ったりはしない、作ったりはしない。強いて言えば、全身全霊を以って考え、物事を、受け止め、やれるだけのことをやるだけだ。その努力の中にこそ、結果以上に幸福のありかを知っているものだ、…と、ちょっと、なんか、かっこよく、語ってしまっている。…。実をいうと、申し訳ないが、これを書いている今現在も酔っ払っているからだ。
ああ、ええ…、わたくし、ナルシストですから!
 ところで、関西生まれ関西育ちのわたくしにとっては、新潟の冬、そして、去年の冬はあまりにも寒かった。少なくとも、尼崎において雪が降る、などということは、数年に一度あるかないか、というほどのことで、それは、表現を大げさにした、さらには目立ちたいわたくしが例えるなら、尼崎の場合「雪が降る」のではなく、「雪が降臨」する、くらいの奇跡的現象なのである。ここ、新潟のように、「膝のうえまで雪が積もる」なんてことは、ない。ところが、来たばかりのわたくしに対してなど、当たり前だが、当然、天が情け容赦する気などまるっきりなく、その冬中、雪と、冷たい雨をいらぬおせっかいのごとく提供していた。が、嫁にとっては、冬はこうでなくては、寂しい、辛いのだという。だから、わたくしが寒さくらい我慢すればいいだけ、と安易に考えていた、が、舐めておりました。馬鹿でありました。はっきりいって、寒くて、動けない! 疲れだした。次第に肉体の不調が精神を弱くしていった。
 はじめに書き忘れたが、わたくしは自身の障害や、現代医療、…特に精神医療に対しての懐疑、その例の「誤診十六年」をやらかしておいて、まったく謝罪の言葉すらない医者どもへの反撃、また、どのように考えても、おかしいとしかおもえない「大麻取締法」の規制見直しのための政治結社をつくり、そこの代表として、せめて、末期がんですら治癒の可能性をもった大麻を、医療で認めてくれないか、という主張のもと日々、インターネットで同じ意見のひとびとを募り、政治運動を展開しているものでもある。その政治結社の名を「医療大麻開放党」という(設立当初、大麻自由党。これは憲法で保証された幸福追求権をうけてのネーミングであったが、それでは、余りに、危機感がない、ので、不本意ながら、医療、という名目大義で展開することとした)。逮捕歴も、当然ある。その時、実は警察も大麻ごときで動きたくない、といっていた。
 衰弱した肉体、環境になれるまでに時間のかかる生まれつき、想像もつかなかった寒さ、気を使ったはずの嫁の実家との確執、などなど、それらすべてがともかく不愉快で、そしてそれを嫁に当たり散らすわたくしはもっと、不愉快だった。ストレスでアレルギー症状がひどくなっていった。体中に蕁麻疹ができた。このままでは、また暴れて精神病棟に入れられるのが落ちだ(その以前に薬物による錯乱で一度、ストレスによるもので一度、計、二度医療保護入院、つまり、強制入院させられた経緯がある)、そう確実に思った。そしてそこに、例の女優、…同じく「医療大麻」を看板に挙げる新党改革だかなんだか知らないが、そこから出馬したTが、ものの見事に落選した後に、大麻所持で捕まった。捕まるのは、勝手にやってくれれば良い。思う壺だ。もっと世間に「医療大麻」というミームを広げられるツールであり、プールだ。だが、女優はそのあまりにもスキャンダルな私生活はおいておくとしても、主張を貫かなかった。そして、思うに病気でも何でもない、単なる遊び女だっただけにも関わらず、「医療大麻で苦しむ患者を」などという偽善性を世間に晒し上げ、結果、世間は「結局は医療大麻なんて言っておいて、娯楽使用が目的に決まってる」というイメージを大にしたのだ。公判でも、その自分のやったことを、主義、主張を貫くことなく、刑罰にも課されることなく、勾留だけで逃れたのである。愛人とみられる男を犠牲にして。そんな生ぬるい態度を、普段なら笑ってバカにしてすんだだろうが、非常なストレス下にあったわたくしは、猛烈な怒りと反発心を、まるで、とり憑かれたかのように発揮してしまった。
 
 取引先くらい、いくらでもあった。大阪あたりでなら、いくらでも、大麻くらいなら手に入る。もはや、嫁ができて以来、また、体調の回復もあり、大麻を含む違法薬物や、覚醒剤に手を出すことはなかった。「おれは、著名人でもなんでもない、ただ一介の在野における作曲家だが、一応、日本初にして大麻の名を冠する政治結社を立ち上げた人間だ。主張がある。逮捕されて手錠をはめられたこともある、おれがやるしかない。そして、はっきりいうが、本気で体調が悪い。ムカついて仕方がない」そう思った。「おれが捕まったる、そこで、訴えかけたる」というヤケを起こしていた。嫁にはかかわるな、と言っておいたが、わたくしは、あまり隠し事の出来ない性分である。さりげなく、嫁には、犯罪をおかすが、これは決して悪いことではない、むしろ、社会性のためとおれが信じる行為だ、と、無理やり、納得させようとしたが、なかなか、引き下がらない。それで幾度も喧嘩を繰り返した後に、わたくしは強引に、以前、普通、ありえないことなのだが、時として、こういう偶然が起こり得るものだ。嫁が実家にちょっとした用事で帰って、わたくしは尼崎にいたとき、知らない携帯電話番号からいきなり電話が入った。確かにその電話に出る、その瞬間、かすかではあるが、何か、犯罪の予感が脳裏をよぎったことを、鮮明に覚えている。それを受け取って「どちらさまですか?」とたずねた時、男が出た、そして、やや怖気づいたような口調でこういった、「商品、シナモンの件で、お電話させていただいてるのですが」と。取引先、「商品」の品質、そんなことはどうでも良かったので、カネがないことを先に告げておいて、ヤサイ(大麻)は一グラムいくらだ? そして、ついでに参考までに訊いておくが、「シナモン(覚せい剤)」の方は一グラムあたりいくらだ? とそれをきくと、「シナモン」がなんと一グラム二万円である、という。その当時の事情にだけは通じてしっていたがため、ほとんど半額ではないか、と思った。ただし、今はカネがまったく手元に全くないから、また、いつか、といって電話を切ったのだが、その「いつか」が、このときに到来する。
 然し、わたくしの強硬手段を阻む人間がいた。例のゲイである。虚言癖のある、例のゲイである。が、初めからいうと、実はそれも計算のうちだった。わたくしはこの男の、いや、「オカマ野郎」の陰湿さ、しつこさを知り尽くしている。なによりも、あっさりと嫁(やつからすれば、見知らぬ女)と結婚したわたくしに復讐したい一心で今、現在、行動していることを、全て見抜いていた。見かけ上は、偽善を働いて「仲直りしたい。今までさんざん迷惑かけた、許してほしい」などといっていたが、尼崎、つまり、やつの手の届く範囲内にいた頃に散々嫁にちょっかいをかけていじめたり、下手くそな演技で芝居をうったりして、周りを散々巻き込む形で、なんとか「山﨑を自分のものにならなくとも、手の届く範囲に留めておきたい」という、卑しい渇望がこの、男のすべてだと断言してもよかろう。それが叶わぬとなった今、やつに出来るのは、つまらない、ちょっかい、つまり、国家権力を介しての嫌がらせ、くらいだ。以前に、いちど、「マルサが」どうの、という、実際にには日本には存在しない機関を盾に我々家族一同全員を、睡眠薬やわたくしがおしえてやった処方薬物の組み合わせ等でハイになった余り、脅しかけている。その時は、即警察にもっていってやったが、「証拠不十分」ということで、しかし、事件性を認める、ということで警察からおっさんに対して、表現はこんなんじゃなかったと思うが、
「そんなにしつこく男の尻を追いかけるな、おっさん」
という注意勧告がいっただけだった。
 そのおっさん、シノカワ氏の、わたくしに彼女ができそうだ、というときになっての、必死さ、執着ぶり、彼女(今の嫁)に対する嫉妬心が先立ってしまい、いつも、間抜けに失敗するイジメ、また、阻止。わたくしたちがまだ付き合うかどうか、といった段階から、思い切って付き合おう、という決心にでたその時にショートメール数通に渡り、深夜、しつこく送られてきたその、メールをここに、大人気なく、全公開する! 以下!
 
「ぽいちゃん。マジで狂ってるような気がする?
 少しだけやけど面倒みてもらった事には感謝しても山殺気には長期な付き合いは無理な気がする。 山殺気が普通になるきっかけを作ってくれた事は良かったけど
 ぽいちゃんのやり方では山殺気が潰れるよ。
 山殺気の事を本当に理解できる女は他に絶対にいるはず。
 ぽいちゃんの考えではいずれ破綻するようにも思う。俺は嫉妬とかでは言ってないで。
 山殺気の病的なところはもう治ったように思う。あとは本当の女と出会うだけ。ぽいちゃんがそのきっかけを作ってくれた事だけがぽいちゃんだっただけ。
 山殺気はどう思う?
 ベルセルクの台詞を思い出した。
 あのホモのおっさんにいいはなったあの台詞を。
 山殺気は同情や優しさでなく本心でぽいちゃんを受け入れられる?
 ぽいちゃんに結婚を迫られて薬を必要以上に管理されることになるかもしれへん?
 俺はぽいちゃんの悲しみより
 山殺気が潰れる事を心配する。
 いまの山殺気なら山殺気を伸ばす女とも出会えるような気がする。
 ごめんね。
 勝手な事ばかり書きました。
 ぽいちゃんはたまたまやってきた石ころかもしれへん?
 もう言わんとく。
 ほんまにごめん」
(改行、篠川氏本人。「ぽいちゃん」、というのが彼女、嫁の当時のニックネームであり、「山殺気」というのが、昔からわたくしが多様していたネットでのハンドルネームである)。

 …あきれた内容としか言いようがない。「俺は嫉妬とかで言ってないで」と、いちいち、きいてもいない強調をここでやらかすこと自体がこのおとこ(一応)が嫉妬に苛まれて、その嫉妬を強く意識したことを証明しているのだが、事態はやはり、そのままであった。と、言っても、嫉妬に狂ってその感情を暴露した、というのならまだいい。ストレートでよろしい。というのも、深夜、ショートメール数通において、我々を叩きおこしておきながら、訝しげに思った嫁が、「夜中、何度かシノカワさんからメールがきてたみたいだけど…」というので、わたくしは次第漏らさず、この内容を嫁に読んで聞かせた。表面上は、あえて、「不審に思った嫁が携帯をみた」ということにしておいて、シノカワにそれをつたえたのであるが、それは、わたくしの計算であった。すると、機を得たかのように、「え? あの子、そんなこと(ひとの携帯を勝手に覗くようなこと)、しよるん?」とわざとらしく、いうのである。実際はそれを狙っておきながら、だ。こっちとしては、いちいち、ハマってくれる、滑稽でこれ以上結構です、とでもいいたいやつだ。
いちいち、そんな遠回しな嫌がらせが続いた。そして、ある日、堪忍袋の緒が切れたわたくしはそのオカマを殴った。それを書かねばならないため酔っ払っているある夜のことであるが、
しかし、なぜか オカマは殴られてうれしそうだった! 
わたくしはこの時に「新潟に逃げよう」、そう思いました。そう、覚悟を決めました。
 
 とはいえ、なにごとにも、踏まえるべき手順というものがある。尼崎においての散々なこと細々を語っておく。
 恨みつらみ妬み嫉妬、そういった類のものを人間関係において残しておいてろくなことはない。以前、わたくしはそういう人間関係のもつれであばれたことがある。いや、あれは、ただ、人間関係ののもつれ、云々だったのだろうか。ともかく、わたくしは、住んでいたマンションのオートロックの強化ガラスを、肉体を乗っ取られたかのように、しかし、怒りに満ちた衝動で、暴れ、素手でそのエントランスを、鉄柵入りの強化ガラス及び、室内の壁という壁を素手で殴り叩き砕いた。血まみれだった。

それが起こるおそらく一時間前に、わたくしは、当時、オカマ野郎の裏での手回しによって、相手にされなくなっていた、尊敬するあるひとに電話をいれ、「ただならぬ自体が起こっています。うまく説明ができません、しかし、これはなんだか僕にはわかりません。しかし、何か起こっていることははっきりわかります。どうしたらいいですか。救急車を呼ぶべきでしょうか」と、他の人には絶対に理解できないような内容の電話をかけた。「とりあえず落ち着いて、近くを散歩してきたらどうや?」という返答だった。そして倒れたまま、時が過ぎるのをひたすら待った。実際にたおれていたのかもしれない、気が付いた時、「俺はまだ生きている! すげえだろ!」となにかよくわからない、万能感に支配され、部屋を飛び出ようとしたところ、体が勝手に動く! 奇妙な踊りのような動きをして、それ以前にも何度かあった「神がかり」と思われる、…なんともありふれた話だが、…読経が頭に鳴り響く。そのあと、ほとんど記憶はないが、四肢は、わたくしの意思とは全く無関係に動いた。なんとも凄まじい体験、ほとんど記憶はないが、奇妙な叫び声をあげて暴力衝動に駆られて暴れた自分をやや覚えている。

…その体験を伝えられない自分の文章力がはがゆく、また、懐疑心のかたまりであると自分を思い込んでいるわたくしにとっては、あれは、本当に謎である。そう、いわゆる、「神がかり」という現象だとしかいいようがない。しかし、内的な体験をことばで「そのまま」伝えることが不可能である、ということを知っているわたくしとしては、その事件がおこった時に、殴り書いた文章をここに、載せるにとどめておくよりほかない。文学的にいうなればいわゆる「異化」とでも銘打っておくが、単なる殴り書きがこの文章の取り柄だ。
………………

(調書作成をかねて。*音個、また、彼というのはわたくし本人だ)
 音個は全裸で保護された。ありとあらゆる点で恥ずかしかった。ただし、誰かの代わりに恥をかいているようなところもあった。周りの方々はとてつもなく優しかったがったが、やっぱり音個は恥ずかしかった。それで照れ隠しなのか常になんか笑っていた。恥ずかしながら、それでもこの国でいきていた。日本である。
ここに書くことは、三十六歳の初夏のことである。重ねていうが生まれつき優しかった。ほかの誰よりも優しかったといいえるが、ただ、弱かった。虚弱ですらあった。
すでに右足も半ば複雑骨折による外科手術により失っていた。2.0あった視力も、今では、ほぼなかった。利き腕はふるえていたが、得意のへたくそな
エレキ
を弾く時だけは何とかおさまっていた。
頭も悪く、馬鹿であった。人を信頼することしかなかった。あほであった。まったく自信はなかったが、それでも、なんとか、一人くらいは守れるのではないか、と、強がってこと、暴れたことあったが、人を意図して直接暴力をふるうことは絶対になかったといいえる。薬物中毒壁に陥った。
集中力が続かなかった。それで、時に空気は読めず、周りに被害が及ぶことが多かった。ただ、いちずであった。無防備、なまでに、無残なまでに。
みたてでは、生まれついての発達障害であり、十六年間誤診を受けていた。
無様であった。
実際あらゆる点でおびえており、それで、時に我慢ができずに、暴れることがあった。
誰も話は聞かなかった。すくなくとも半分くらいしか、聞いてはくれなかった。それで、時に罵声を浴びせた。さらに相手にされなくなっていった。
犠牲がいる、そう思った。スケープゴートがいる。そう思った。ただし、おれが死ねば、次に被害が出るのは、家族か友人か、彼を愛す人とか、とにかく、おれの次にさみしいやつだ。そう信じ込んでそれを証明したかった。
36歳の初夏のある日、人間関係も破綻し、一切に希望を見いだせなかったある日、いろいろ、脅迫やPCハッキングをくらわされて、正直怯えて混乱していた。死んでもいい、と思った。しかしところが、やっぱり音個は最後のところで、勇気がなかった。悔しかった、無性に悔しかった。思い切って最後のところを見せつけようと思い、ざまあみろ、そういってから、目につく限りのもの(薬品等)を飲んだ。それでも、やっぱり生きていた。天井からぶら下がるイメージが、音個を捉えきっていた。抵抗した。それは先にやられていた。だから、抵抗し、また、そのときは薬物の影響下により混乱していたため、できなかった。
次の犠牲、とにかく、おれの次にさみしいやつ、だ。そう信じ込んでいた。ほとんどの点では的を得ていた、といいえる。
徹底的に恥をかけばいい、そう思った。壁は崩せなかったので、よじ登って乗り越えた。それも、血まみれで。
助けてくれだれか。暴れながらも、助けを求めた。気が付いたときに警察に保護されており、泣いていた。ひとりで、膝を抱えて。
安易であった。しかし、おれのほかの誰か、あるいは一人、あるいは集団で安易ではなかっただろうか。助けてくれ。少し休ませてくれ。お願いだ;。
これ以上、今は悲惨なことを聞かせないでほしい。
おれのほかにその悲惨な片隅を、直視、してなかったのではなかろうか。やや、そう思う。
悲惨なところからは目をそらしていなかったか。少しそうおもう。
今朝、おれの部屋を、一瞥してから、「これはひどい」、と警察はそういった。
それを、みせてもいい。
それが、みたいか? 誰かなんかゆうてほしい。
体中がいたい。寝てるだけで消耗する。ちょっとゆっくりしゃべらせてほしい。実際、呼吸があがってる。しせいがたもたれへん。
果たして一か所が強烈にゆがむのはなぜか、…ぜんたいがゆがんでいるためである。
音個は以前にも、三十五歳にして勾留を受けていた。その間に覚えた一つの怒りについて、少し書きたい。
「いまでもよく記憶しているのは、授業で絵画の時間が始まったときです。先生が、絵を描く道具を出して描きなさい、と言うのです。私は何も持っていません。私は瞬間に、わかりましたー母は学校で絵の時間があるのを知らない。絵を描くには、クレヨンやクレパスといった絵具が必要なことも知らない、と。
私は子供心に、母が私の、市か県か国かが支給してくれた学材費を生活費のほうに回してしまった、と気づいたのでした。「あっ、忘れたあ」、私は先生にそう言って席を立ち、画材を家から「取ってくる」と嘘をついて家へ戻ったのでした。
私は家で、しばらく母の帰りを待っていました。行商から帰ってきた母に「絵描くのに、クレパスいるんや」となじりました。母はうろたえました。百円でも二百円でも準備したでしょうが、クレパスが幾らなのかわからず、母は三十円くれました。私は文房具屋に走りました。
五色入りのクレヨンは、五十円でした。三十円しかありません。しかし、小さな学齢期の子供が、授業時間に学用品を買いに来ることから察したのか、文房具屋のオバさんは値段をまけてくれたのでした。学校への帰り道、私は誰に対してかわかりませんが、たとえようのない怒りに捕らえられていました」
(中上健次)
これにやや
やや似たケース
を、彼は、社会のなか、というより、
そこを追放された、牢屋の中で痛感する。
必要、というよりも、甘えで。
クレヨン、を甘いものにたとえるといい。
勾留をうける数日前から、薬しか飲んでいなかった。かくことは、マスターベーションいがい、殺気を帯びてだんだん凶暴になっていた。………
勾留を受ける数日前に、わたくしは、不動産屋の担当の方に五千円を借りておりました。食費です。しかし、捕まる当日、ポケットの中に、管理不足です。なくしてしまっていたのでいた。そこで、安易ながら食料を万引きして、つかまったのですが、わたくしはその借りたお金が心配で仕方なく、会いに来た母親に、なんとか、返すのでとりあえず、Kさんに5000円返しておいてほしい、と頼み込みました。数日、正直わたくしは腹が減っておりました。
「貧困による」といいわたされて、いれられた牢屋の中には鉄格子、それ以外何もなく、読みたい本もなく、眠れず、途方に暮れておりました。何もすることがなく、心配するだけです。おれはどうなるのか、よくわからんが自業自得だ。
甘いものが食べたい、ひそかにそう思っておりました。購買がある、それは知っておりましたが、カネを持っていない。
ある夜、差し入れがあったというので、用紙を二枚ほど渡され、サインを求められました。拇印がいる、早くしろ、と確かにこのようにいわれました。わたくしは、「だれが?」とそれだけをききましたが、看守は「そんなこと、あとで見ればわかる、早くしろ」というのです。正直むかつきましたが、言われた通りにし、あとで、差し出し人の名前を確認したところ、そこにはKさんの名前が書き込まれてありました。 借りたその五千円です。わたくしはありがたい、と思う以前に、はるかに誰に対してなのかわからない怒りに駆られておりました。
勾留を二か月近く終え、出てきたころ、血便が出ており、しまいには、血以外でてきませんでした。すぐ、病院に行きましたところ、腎臓にポリープができておりました。死ぬ寸前でございました。
(今、誰か、玄関の扉に来なかったか、殺気にみちて目が覚める。いたみで、目を覚ましてることが困難だ。脳内麻薬、それだと思う。次、おれの目の前に現れてみろ。せんこくのとおりだ)
(それよりも部屋を引き払わなくてはいけない。片づけなければいけない)。
 右足。たぶん、これのリハビリが先だ。そう思う。
音個は悲しいやつだった。どんな悲惨な状況を見渡しても、まず、駄洒落をゆってしまう、そんなやつだった。
駄洒落から、人生を始めてしまう、そんな、かなしいやつだった。そもそも、その名前を解説するに、「やまさきまさゆき」だ。この名前から、ヤ行を、抜いて見るに一目瞭然だ。それは、アントナン・アルトー以上にごろあわせだ。
「何を持ってしてもそれを埋めることはできなかった。いつしかわたくしの後頭部に生じた名前のない、一個の空虚の穴」アントナン・アルトー。
 警察の保護からの帰り道、なにもかもがつらかった。道行く通勤中の方々に頭を下げ、心中で「失礼します」と言ってから、目を伏せた。
往来で、土下座がしたかった。実際に隣室の方にお詫びを上げに行ったところ、出てはくれなかったので、土下座をしてから、部屋に入って何かを書き出した。ラスコーリニコフのように、ひざまづきたかった。
しかし、それでも、一つだけでも、勝ち取らねばならない何かがあった。どうするのかは知らなかった。知らない。それでも、とにかく書くことだ。そう思った。
PCに至っては、三台破壊されてしまっていた。あるアドバイスによると、ハッキングの犯人は「愉快犯」だときいたが、思った。そんな遠まわしせんと、話聞いてくださいよ、と。
けんか腰であった理由。自分自身を鼓舞するためだ。
普段気力がなかったため、だ。

それも血まみれで。インターネットを血塗れでやってるやつ、ていうのもなかなか珍しい。
「不愉快、であった場合、やめればいい」警察からはそう教わった。
「では、自分のラインでかく場合、多少何を書いてもいいんだな、基地外のたわごとだ」そう思った。間違ってる、そう思う。
とはいえ、人にたずねながら、これはかいてもいいんですか、そうたずねた。が、いちいち、人がいるとは限らない。
だいたいわれたことが、「別に何を書いてもいい、お前が書いたところでキチガイのたわごとだ」そうかえってきた。
そこで、「これはすべて創作である」そう言って、武装した。
ところが何も書いてもいい、どころではなく、何を書いてもうるさがれた。実際にPC(パトカーではなく、パソコン)は破壊されていた。傷だらけ。無様であった。
時に判断は狂った。
知らない人のことはわからない。自分自身にいいきかせていた。投影した人はいませんか。
たぶんにそこは、あおったやつがいたわけだ。言いにくいが、次に姿をあらわしたときはせんこくのとおりだ。ギターで頭を叩き割る。宣告の通りだ。
だから、絶対にくるな。
………………
以上の断片的な殴り書きをわたくしはよく説明できないし、みなさんは理解できないかもしれないが、これがなかば、錯乱状態、その意識で懸命に書いた、その、意識の一断片である。
………………
 そして先に、わたくしが「犯罪行為を犯す」と、断言したとおり、
…冬のある日、ガサイレが入った。
 その時のメモの断片も、ここに記しておく。これも、殴り書きなので、よく理解できないかもしれないが、それでも、ありのままを載せる。
………………
昨日の(大麻取締法・覚醒剤取締法違反における取り調べ)まとめ
途中経過
 ゆるしてくれみんな! おれは絶対に令状などみてない、といったが、寝ぼけていたため、覚えていなかっただけだったみたいで、しっかり、家の中で令状を提示されているところを撮影されているらしかった。一瞬だけちらっとわたくしにその場を収めたらしい写真一枚をみせ、「これが令状」だと、警察は取り調べででいっていた。まあ、信用してやる。余りに不憫だ。が、その読み上げはついぞ、なされなかった。確実に用意はしてきてはいただろうが、そんなことを押し入られてからなんの説明もなく、提示されたとして、なんの意味があるのだろうか。 たとえ、いうとおりだとしても、でも、それでも、不法侵入だと思っている! 

おれの容疑は現行犯じゃあなかった! 絶対に! 隠滅する証拠なども残っていなかった! 肖像権、プライバシーの問題、なども、出そうと思えば出せる! でも、刑事さんが表面上はよい人だったので、おれはそこをつこうとは思わない。
 結論から、いうと、ナルコレプシーの症状が出て、調中その約、6分の5、くらいは寝てしまっていた、ということだ。しっかり、送検は、なされるそうだ。
 それでも、「医療大麻開放党」の必要性、その重大さ、世界的な政治活動である、ということは、しっかり、調書に刻み込んでいただいた。

「僕と同じような苦しみにさいなまれて、苦痛を緩和するすべがない、そんな人たちのために僕はやってるのだ」とも、書いてくれていた。
けっこう、それが別に悪いとも思わないが、単なる「ジャンキーども」、と、そうでない人間の区別くらいは、刑事ともなると、しっかり見極めてくれてはいるみたいだった。
「別に症状がとまれば何でもよく、大麻の品種、銘柄など、はっきり言って何でもよかった。そこまでの興味はいまさらない」とも、言っておいた。
 「はっきりいって、わたくしはいわゆる、現在の大御所大麻運動家たちを軽蔑している、なぜ、そんな御託を並べ立てておきながら、誰も政治団体の一つも作らずに、作れずに英雄気取りなのか」とも。しかも、なぜか、ほとんどシャレでわたくしがやってのけたら、嫉妬までして煙たがるのか、また、覚悟の一つも決まっておらないのに、出馬などして、言い訳して、逃げるのか、そして挙句、陰謀論など持ち出してきて、そんな連中が幅を利かせてわたくしは、何年も十年以上待ったが、何一つ、改善できなかったではないか、とも、ぶっちゃけのところを言ってあざ笑った。
 たとえば、自分とはかけ離れているが、チェ・ゲバラは、医者から革命家に転ずるに、「医者は個人の命を救うに対して、政治はその根本要因を取り除く」という葛藤から、命を賭した。
…比べ、なんたる違い! 低俗な状況! …つまらない。つまらなさすぎる。いい加減うんざりだ。
わたくしが今まで得た知識の中で暴力的な警察のやり口を告発しておく。なぜというに、「供述拒否権」の説明をする過程で「決して嘘をついていい、というのとは違いますからね」、と絶対に言われるのだが、ほかならぬ、警察自身が嘘をいう。
 まあ、わたくしには正当防衛以外での殺人や強姦とか、そんな、大罪を犯す肝っ玉はない。はっきりいってないし、そして、必要ない、と思っている、ので軽犯罪、窃盗(万引き程度)薬物の自己使用所持程度の場合だけしか語れない。
 鉄則としては、全て正直に話す。しかし、それはできない、そういうわけにも行かないのだ、ということは多いだろう。友人を売るような真似をしたいと思うか? おれは今回、有言実行の形でシノカワのこともしゃべっておいたが、普通、したくないはずだ。薬物の件であれば、だいたいが、数人で通謀行為をなしている。連れに回す場合なども、大いに有り得る。その時…(* ここで何かを書こうとして、途切れてある)
………………
 話が不可解になりすぎた。ここでいうのもなんだが、飛ばして読んでくれてもいい箇所だ。わたくしとしても、別にとりたてて挟み込まなくても良かったかもしれないと、やや、怖気づいている次第だ。
………………
 ところで、そのシノカワともう一人ややこしいチンピラがいた。いや、ややこしい、と思ったのは、篠川から色々と変な話を聞かされたためだが、ともかく、はじめ篠川とそのチンピラは面識はなかったのだが、わたくしが新潟へいくということは、篠川の嫌がらせがある、ということとほぼ断言して間違いないので、なにか、ひとつ暇つぶしでも与えておくよりほかない、そう思い、その、出会った当時はそこまでややこしい人物に思えなかったそのチンピラを篠川に紹介した(ちなみにこのチンピラとは精神病棟で出会った)。適当に暇つぶししててくれ、と思ってのことだった。またまた当時の日記・雑記からの引用になるが、まだ、わたくしが、新潟に「逃げる」前、尼崎での話だ。以下。なんども、もうしわけないが、以下は当時のSNSにおける投稿である。
………………
 あるドチンピラ(といっても、この経過は実は、篠川が愉快犯的に我々の中をこじらせようとしたことが後に判明する)がわたくしの友人Oくんの家に兄貴分ヅラして居座っておりました。ふたりとも、生活保護のお世話になっており、精神病棟で知り合ったなかであるとのこと。生活保護に於いてはだいたい4日にカネが支給されることになっており、その日に帰るからと言って、しばらくそのドチンピラはわたくしの友人Oくんの家を出ていこうとしない。帰って欲しい、とはっきりつたえると、暴力を振るう。殴るける、勝手に財布からカネを抜き取って使い切る。「もういやだ」「手を切りたい」。
 しかし、その時、運の悪いことにそのOくん、そのドチンピラと手を組んで部屋の片隅で大麻栽培に着手し始めておりました(栽培プロデュース・混沌コントロール)。つまり、警察を呼ぼうにもそういった事情があって呼べない。
 わたくしはわたくしで、ヨメの実家のある新潟にいるので、なんともしてあげようがない。そもそも、そんな事情を知らなかった。次にそのドチンピラ、わたくしのパシリと化した篠川にちょっかいをかけ出したという感じらしい。紹介をしたそもそもの経緯は、
「保護観察、執行猶予中であるため、覚醒剤がやれないので精神賦活剤がほしい」
ということであった。ベタナミンくらいなら篠川が持ってる。仲良くやってくれ、という条件のもと、わたくしは篠川を紹介した。その時は、そのドチンピラがそこまでのクズだとは存じなかったためだ。覚醒剤中毒者の苦しみもよく分かる。そもそも、そのドチンピラ、
 
「覚せい剤後遺症で精神障害二級をとった」

という、なかなかの剛の者、というか、ふてぶてしさだ。まあ、そこまでは、若気の至りとして、笑っておけるハナシだが、その後、最近の投稿でわたくしが言ってたようなチクりを、なぜそんなことをやるかといえば、おそらく、篠川をナメすぎたため、本気でやらかしやがった、とシノカワからきかされた。新潟にいったわたくしに対して、そのドチンピラは、表面上はお互い敬語で話をする、くらいのなかであったが、なぜか、そんな仲も良くないのに、「山﨑め、新潟なんぞに行きやがって、裏切りやがった」という、あまりにも自分勝手な陰口を叩いていた事を、シノカワと、その時シノカワに入れ知恵されていたOくんのハナシを後できいて知った。ふざけんな。家族を護るために新潟にいくことの何が裏切り、だ。
 そんなに、恋しかったら、新潟に来い、一晩くらいとめてやる。…。
 その他にも、なんと、わたくしのことをアホ呼ばわりしていたらしいが、それは当たっているので悔しいばかりだ。ああ、そのとおりだとも。IQテストによると小学六年生の知能に相当してある。
 
 まあ、その程度の陰口は叩かれ慣れているため、無視できるが、問題はOくんへの暴力と窃盗、恐喝、不法侵入だ。上記の理由があって警察沙汰にはし難い。そこで、篠川そのドチンピラがチクるチクらぬで、モメたことでもあって、Oくんをなんとか、助けてやる、ついでに、そのドチンピラを地獄に叩き落す、と、一応の正義感なのか、単なる、ムカつきなのか、よくわからないし、まあ、大人げないと断言して差し支えのない話でよくわからないが、ともかく篠川は決意した。Oくんの家から、まず、そのドチンピラを追い出すことが先決だ。と、市役所保護課の人々を呼び集め人数を揃えてから、Oくんの救出に、Oくんの部屋に飛び入った! …もちろん篠川はそんなときでも、突入するのは一番最後で安全が一通り確保されてから、というふうに決めてある。
 数名がかりでの突入であった、ときいてある。なんせ、相手は、元暴力団を自負してあって、実際に片腕の肘下には般若のスジボリがはいっている。その時に感情的になって書いたSNS上での手記も以下に挙げておく。
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 わたくしが尼崎を出ていった理由のもう一つに、安易に違法薬物の類が手に入ってしまう、というのがあります。なるべく、売人連中との接触は避けるようにし、また、
ヨメが怒るため、更に、実家に帰ってしまうため、
その時々の勢いだけで、あえてサムいニシナリにいってハッパ程度を入手して吸うくらいにとどめてあったが、いつ、タガが外れて、深入りしてしまうか、わかったものではない。はっきりいって、肉体的な症状だけで既に牢屋に閉じ込められているくらいの不自由と苦痛は有るのだが、そこをさらに、矯正施設なんかに入れられてしまうと、治療薬すら出ては来ません。精神病棟に入れられても、結局はADHDの理解は皆無に等しく、治療は不可能なので、逆に狂いにいくようなものだ。また、そこが社会の最果てとされる場所であろうが、結局、人とモメてしまう。懲罰、または、拘束なんかくらおうものなら、あれは、多動性注意欠陥の人間には拷問というよりほかない。以前、5日間だけ、懲罰審査会の末、嘘を貫き通した挙句、懲罰を食らったことがあるが、普段は厳しい看守に「我々も人間や、辛いのはわかる、だから、多少は足を崩しても、見て見ぬふりをするが、15分つどに偉いさんが回ってくるため、そのタイミングの間だけしっかり姿勢をたもっていてほしい!」と励まされたことがある。全く、嬉しくなかったが。…。
 そこで、ある日、案の定、ヨメが実家に帰っていたとき、わたくしは、処方薬でラリったすえ、ニシナリに走りました。焦燥をなんとか、食い止めるために、少量の大麻がほしかったのだ。数日、症状である焦燥に悩まされ睡眠をとってはいなかったので、眠りこけたかった。地下鉄に乗り、とある駅で降り、陰気な商店街をうろついていた。それらしい人物をかぎわけることくらい、なんの努力も必要としない。嗅覚、それだけあれば、知能は小学生のままでも十分すぎるほどだ。
「僕はみた、現代最良の精神が、狂気によって破壊され、ヒステリカルに裸で飢えながら、一発の怒りのドラッグを求めて、暗黒のニシナリ商店街をさまよい歩くのを」アレン・ギンズバーグ
 入手したモノは、5000円の一グラムの乾燥バッズであり、銘柄などわたくしには、わからないし、わからなくていい。これで、しばらく、数時間、あるいは一日くらい、焦燥を止めて眠りこけることができる。そう思って足早に帰宅しました。
 入手したモノを独占して使い切るのも、乙なものですが、やはり、人間には人間なりに、健全な好奇心というものが、ございます。それの裏返しが、ゼノフォビア、つまりは、排他精神です。わからないもの、特に、酩酊に関して日本文化はアルコールによるものだけが良しとされ、あとは裏社会に任せっきり、という、無責任さが、現状の脱法ドラッグ問題や違法薬物問題を悪化させている、とわたくしは、確信している。好奇心を持つものや、それを入手したくても出来ない人間に多少分け与えるくらいの友愛が欲しい。そこで、先程の、覚せい剤狂いのドチンピラと精神病棟において同じ釜のメシを二週間程度食った、というだけの付き合いだったのですが、それを、彼に分け与えました。普段から、話を聞いていて、「ムシが湧いて仕方なさそう」だったから、そこは、同じく薬物依存の劫罰をともにするものとしての、慈悲を気取ってしまったことも、認めておきましょうか。
 また、好奇心を持つ寂しい人間としては、シノカワ氏がおりますが、彼に分け与えてやるには、もう、モノが残っていなかった。そこで、入手方法を教えると、意を決した彼はわたくしの言ったとおりに事を実行したようです。入手したのかどうか、そこは、
 「下人の行方は誰も知らない」(芥川龍之介)
 ということで勘弁ください。わたくしの信念と言うか、美学と言うか、そういう心構えに、群れて悪事をなすのはなんかダサい、というのがあり、そこは単独行動です。
 どうやらわたくしはいらぬおせっかいをしてしまったらしい。更に欲を出したそのドチンピラが、もっと、欲しいという態度に切り替わって、時々電話をよこしてくるようになった。
 わたくしが、インタ-ネット上での強気な発言とは裏腹に、実際には協調性と平和主義、寛容の精神を備え持ってある人間であること、それを幾人かの人間がそれを証明してくれることを、わたくしは、願い、また、事実、知っている。
 特に病苦に苛まれている人間に対しては、いつも、なるべく、出来得る限り親切に対応したい、と心がけています。それが、あまりよく知ってはいないドチンピラであろうと、その程度のことで、態度をかえたりはしたくない。ついでにいってしまうと、わたくし自身が、そのドチンピラとなんら変わらぬ最底辺の人間であるので(売人家業を密かに手伝っていた時期もございます)、その、ドチンピラの渇望を完全に無視し切ることができなかった。しかし、カネを普段、お互い持っていない。周りの誰も持っていない。そこが、悪循環の入り口なのです。
 カネが入るやいなや、またしても、今度は自分のため、というよりは、ただ、分け与えるために、モノを買いに走りました。入手した先は、前とは違う売人です。そんなことは、どうでもよろしい。ともかくモノが入るか入らないか、そして、入手する、と決めたら、モノを手に入れるまではしつこくやるのが、わたくしの悪癖です。
そもそもが、人に分けるために入手したようなモノなので、次はそのドチンピラとある駅で待ち合わせして、そこに、シノカワ氏も、よんでおきました。彼はベタナミンを分け与えたかったようです。そこで、二人が初めてであった次第なのですが、もはや、わたくしの、新潟行は数日後に控えておりました。与えれるだけ与え、わたくしは、一服分くらいのものを持って、それを吹かして帰りました。
 後日、新潟で何事もなく暮らしておりましたら、そのドチンピラから連絡が入り、
「ベタナミンが欲しい」
というので、
「それなら以前のシノカワ氏にいって欲しい」という旨伝え、そして、どうか、お互い、今後共、仲良くやってくれ、よろしく、といって電話を切りました。
 その数日後に、シノカワ氏とそのドチンピラの対決、つまり、チクるチクらぬ、といったモメ事が起こったようです。「うらぎって新潟に行きやがった山﨑」(シノカワ談)からシノカワ氏にたかる先を変えた、と言った感じでしょうか。
 わたくしのパシリ、それだけ言ってしまうと、人々、とくに、いままでハッタリと脅しと暴力の世界で生きてきたドチンピラはシノカワ氏を単なるヘタレ、と思い込んで最初からなめた態度に出ていたことはわたくしの目から見ても明らかでした。それに出会いのはじめから篠川氏は、なにがしかのクスリとアルコールで酩酊し、やや、ろれつにキレがなかった。明らかに、見る人から見れば、「ラリってる状態」でありました。
 一方でドチンピラの方は、湧いたムシがおさまらず、いささかいらだち、そわそわと落ち着かない態度を示していました。それに、わたくしの相変わらずにひとをおちょくったような口調で紹介した言葉も悪かった。笑いながら、特にいうことがなかったから、「僕のパシリっすわ」といって、顎をシノカワ氏の方にやや回して示し、本人のシノカワ氏は「はじめまして。篠川です」と言いましたが、ドチンピラの方では、「ああ、どうも」といって、ちょこっと頭を下げただけだった。
 初の顔合わせがこの時だったのですが、全員、取り立てて話題はない。ドチンピラの念頭には早くモノを受け取ってキメたい一心。わたくしが、ちょこっと分けますわ、といって、ほとんど、一グラムのまるごと入ったチャック付きのパケから、一服ともう一服分くらいをその場で抜き取り、ドチンピラに手渡した。拳で丸め込んで相手の上着のポケットに押し込む感じです。そして、これ、このシノカワからといって、ベタナミン2シートを何も包み隠さない状態で手渡した。あとは、適当な会話を交わして、わたくしは暫く新潟に行くので、当面は会えないことを伝え、相手が落ち着いていないことで、欲望まるだしの心理が察せられたので、それでは、といって、それだけで、帰りました。人通りのない、駅前で、ただ、手渡して、わたくしは、一服をキメて、残りのもう一服分をシノカワ氏にも、手渡そうとしましたが、彼が受け取ったかどうかは想像に難くないでしょう。一服で十分のものでした、ちょこっと、散歩をして、シノカワ氏は「それでは、おれは帰る」、といったので、わたくしも帰ってそのまま寝ました。
 …ああ、言っておきますが当然法に抵触する行為なので真似のなさらぬよう。あるいは、つかまらないように、くれぐれも。
 「おれのやり方はやな」、ついつい、いい気分になったシノカワ氏がいつもやや得意気に言う言葉です。「まず、下手に出るんや。そこで、まあ、相手にちょこっといい思いをさせてやる。そこで、その後の相手の行動でその人物がどんなやつか、がわかるってもんよ」。そう言っていつも、やや、目を細め悦に入っている。そして、「あるやつは、そこで、おれを舐めて邪険に扱い出すし、もうひとりは、更にいい思いをしようともちあげてくるし、ある誠実な人間だけが、おれに恩返しをしてくる。それで、大体の本性がしれる、ってもんよ」と、どこで学んだのか、そんな人心掌握術を語る。わたくしは、はいはい、良うござんすね、と相槌を打つだけだ。が、そんな、幼稚な技を駆使するだけが、この男のすべてではない。自分の都合の悪い部分二以上に執着し、嫉妬し、悪意から、大胆な陰口を公に叩くが、だいたいが、処方薬物の乱用時に大胆になって妄想状態で、めちゃくちゃをかき連ねる。そのほとんどが、ハッタリだ。ひとを陰湿に脅し上げるが、それを実行に移すような度胸も今季もない。そのシノカワを指して、昔、全学連、左翼運動を指揮し、国会を十万人だったか、で、包囲したことがあるTさんは、このシノカワについて、「ああいう、ハッタリばかり抜かすやつを、詐話師、いうてな、空想と現実の見境がどっこらどこまでか、本人にも区別がついてないんや。昔、Sと云う、似たような、男がおってな、やることの発想がいちいち奇抜で、しかもそれを実行してしまうもんやから、ややこしかったぞ。でも、死ぬ間際には、わしに、ひとこと、わしから着服したカネのことで、あやまりにきよったなあ」となつかしげにかたっている。それをきいた、シノカワ氏は、逆に得意げに、「天下の詐話師Tさんに、そんなこといわれるおれも、なかなかのもんよ」と、なんかこの男も、開き直ってのことなのか、いつもおかしな喜び方をするのです。
 ある、政治団体の党員をやっており、そこでも、幾つかの揉め事をおこして、やめそうになったり、やめなかったり、と、おもえば、どうとりいったのか、フリーメイソンに所属したりもして、見事にやめさせられている。自慢はその入会の際に貰った、フリーメイソンバッヂ。わたくしの家で酩酊の挙句に、この過去に所属していた組織のバッヂをどこにしまったのかわからなくて、なくしたと、大慌てで自分のカバンの中を漁り散らすシノカワ氏の大人気なさが、いまでもわすれられない。つまり、いちいち間抜けなやつなのであるが、然し、それはそれで、他人を思い込みで騙すのが、ちょっとばかり得意な一面もある。 
 
 つまり、この二人、シノカワとドチンピラ氏、このふたりが、ある事情で、「警察に犯罪をチクるチクらぬ」という大人げない揉めごとを起こしたのであるが、きく話によれば、どうも、「深夜にシノカワがこのチンピラ(以下、「マツシタ」と名前を挙げる)にラリった挙句電話をかけ、それがマツシタの逆鱗に触れた」ようだ。シノカワの一方的な話では、「着信があったから折り返しただけ」とのことであるが、さすがに、このマツシタといえど、それで怒り狂うようなことはないであろう。多分、深夜にラリっていいきになったシノカワが図に乗ってお友達気分で深夜三時という非常識な時間に電話をかけて回らぬ舌でわけのわからないことをほざいたに違いない。そこで、怒り狂ったマツシタの方でも、おそらく、眠剤のんでラリっていたから「あんたがなんかキメてることはわかっとんねん、こっち、、話全て聞いとるからね」とこれは実際にちゃっかり都合のいい部分だけ音声録音していたシノカワがわたくしにそこだけを「証拠のようにしたてあげ」きかせた事実だ。わたくしはしっかり、その部分だけをきかされた。そして実際に警察沙汰になり、なんと、マツシタがわたくしとシノカワがつるんで違法薬物をやっている、と通報をいれた、という。しかし、その展開があまりに納得いかない。その時は話がよくのみ込めなかったので、その部分をきかされたわたくしは「マツシタが本当に通報をいれた」と信じ込んだ。マツシタの方で実際に、その時、「深夜に申し訳ございませんが、電話いただけませんか? 篠川のことです」といったショートメールが入っていた。しかし、わたくしはその時、わたくしはわたくしでしこたま眠剤のんで眠っていたので、気が付かなかった…。
 思うに、いや確信するに、「生活保護を受給しながら、実際は、実家で安穏と過ごし、生活保護で入ったカネをすべてパチンコに回す」と言ったふざけ切った生活を送っていた篠川のもとに警察から、「よそから通報が入ったので事情聴取のため、家に行かせてほしい」、との電話がシノカワのもとに入ったのだ、という、しかし、篠川は、家に来られては困る、といって、実際に警察(奈良県警生駒署)のもとに赴いた、というが、そこからしてまず、おかしい。警察は調べのためなら、そんな都合の良い話で済ませない。実際に確信があれば、ガサイレにはいる。しかし、篠川は事情聴取として生駒署にいったのだ、とわたくしに言った。不可解な展開だが、「わたくしのいうことを完全にきき、、完全に山﨑の言うとおりに動くので仲直りしてください」という条件を篠川の方から提案してきたので、わたくしは仲直りを承諾し、さすがにちょこっとは更生したのだろうと思いこんでいたので、その話を信じてしまった。が、その後のシノカワのいうことが、まったくもって筋違い、ありえないことである。警察が「なぜか、俺(篠川)と山﨑がつるんでまるで、相棒として通謀している、山﨑の犯歴署を俺の目の前において、あんたら二人揃って問題起こしすぎやねん、といきなり俺にいってのけた。つまり、マツシタは山﨑のこともチクった」という。しかしよく考えると、それなら、わたくしのもとにも、警察から電話の一本なり、一緒に所轄に来い、とかそれくらいの話は来ているはずである。警察が第三者である人間の犯罪歴を事情聴取の過程で篠川に正々堂々とそんな「個人情報」を漏らすわけが絶対にないのだ。違法捜査もいいところだ。
 つまり、どういうことか? 篠川が追い詰められた挙句、わたくしを主犯に仕立て上げてチクった、としか考えられない。「妬みのはてに」それくらいはやる人間である。なぜ、そこまでの確信をいだけるか、これは、ヨメが絶対に書くな、と当時わたくしに言っていたため、書かなかったが、今更もはやどうでも良い。終わった話だからだ。上記のように、ある売人どもの知らない携帯電話から、着信が入って、そこと、ちょっとしたからみができてしまった。そこで、そこから、何度か、大麻を仕入れたことがあった。その過程で、「シナモン」、つまり、末端価格でいうと、ほぼ半額ではないか、と書いた、覚醒剤だ。それをヨメにも黙って尼崎にいた際、仕入れたことがある。内緒だ。ヨメには内緒だ。…。だって、そんな安い価格で言われたなら、つい、どんなもんか、試してみたくなるのが、人情だ。それを、篠川と買った経緯がある。となると、当然、そのドチンピラにも、大麻と一緒に手渡してやるのが、普通、そこまで親しくないとはいえ、友情ってものだ。まちがってるかもしれないが、わたくしはあくまで親切心でやったつもりだ。わたくしははっきりいって、覚せい剤の効果には既に飽きたといい得るし、もはや、そこまで執着もない。ハマる心配ももはや、まったくない。ちょっとした好奇心だ。はっきりいって、そこで仕入れずとも、仕入れる先は、卑しい根性で本気を出せば、いくらでも、なんとかなる。だが、そこまで卑しくなりたくはない。もはや、完全に飽きたし、呆れ果てたのである。その仕入先は一万払えばそれでも、0.5グラムだす、という。だから、それで試してみたまでだ。わたくしは五千円、篠川も五千円出す、それでかって、わたくしは公衆便所で一発ぶんだけ静脈注射し、残りは篠川にやる、それだけでよい、余った分は、マツシタにでもやればいい。だから、注射器は二本つけてくれ、という話でOKだということだった。それで、マツシタにも分け与えたのだ。つまり、わたくしを売る、という行為はつまり、「執行猶予、保護観察処分つき」のマツシタ自身も危ない、のである。わたくしや、篠川はそんな執行猶予も保護観察も何もない。一番ヤバいのはマツシタ自身なのである。ところが、その後、もともと、わたくしは捕まっても良い、と思っていたが、案の定、その仕入先が捕まり、ガサイレが入った。あまりにも、おかしな、偶然ならば、奇跡的偶然だ。たしかに、わたくしは昔 売人家業に手を染めていた時期があるから判る。そこは、まるっきりへたくそ(怪しい)な受け渡しをやっていたのだが、そこまで、うまい具合に、上手いタイミングで捕まるような気がしないし、おかしい。諸君ならどう思う。おかしいとおもわないか。虚言癖で有名な篠川だ。おそらく、篠川はそこの電話番号まで警察に喋ったに違いない、その篠川の事情聴取の後にすぐに、その仕入先の電話番号が新しい番号に変わった。それを篠川自身がわたくしにいい、そして、わたくしは余り興味がなかったから、ああ、そうか、といって放置しておいたが、後に、なんとなく、その番号がきになり、篠川にそれを教えろ、といたずね、その番号を知った。それまで篠川はその番号を黙っていたのである。さらにもっと、おかしいのが、警察のあまりのも、確信に満ちた早まったその、ガサイレの強引さである。わたくしに言わせれば、大阪から新潟にまで来た「捜査機関」「捜査のプロ」にしてはあまりにもはやとちりなガサイレにしか思えないのである。かなりの、確信があった、とうえで、証拠が手に入る、と思い切ってのミスであるとしか思えないのだ。
 二日間にわたってギターを練習していた。幾度も幾度も同じフレイズを、繰り返して、二日間、本当に48時間くらいにわたって。それが、わたくしの、ADHDの症状と及び投薬による副作用だ。そこを、警察はあまり調べてこず、さらに、なんとも安易な確信を持っていたようだ。「これは、覚醒剤による、過集中だ!」と。 思いっきり、失礼極まりない、半ば不法侵入であった。証拠隠滅の恐れはわたくしがギターの練習に夢中になっているところからして、数人できっちり、順序をふまえて、令状を提示し、関係者を外に出せば、間違いなく、ありえない話だ。そこが、思いっきりの見込み捜査であった。早とちりであった。その正しい順序と引き換えに警察が打って出た行動は、早朝七時半、家人は寝ていた。そこに、ガラの悪い連中数人で押し入り、いきなり、わたくしが練習している部屋に侵入するやいなや、「なんできたか、もう、分かってんな?」とまずいい、よくのみこめなかったとは言え、なかば、「いつでもこい」、と構えていたわたくしは、なんとなく、事態を察し、「ああ、なんとなく」といったのである。その次に警察の一番ガラの悪い担当刑事が言い放ったセリフが「ミュージシャンやもんな、薬物くらい、当たり前の話やわな?」である。その偏見的質問には無言で応答し、完全に無視を決め込んだ。警察はわたくしの向かって座っていた机のうえに警察手帳とおぼしきものを(というのも、今まで散々警察に捕まってきたが、それすら提示されたことがないので)おいた。そして、もう数人が家人が寝ている隣室に入っていったのを、部屋のガラス戸越しに確認し、次の瞬間家人が慌てて部屋に入ってきてわたくしの名を呼び、「大丈夫? 体調、大丈夫?」と訊いたが、それにたいしては、心配するな、といったアイコンタクトで応じた。先程の担当刑事、ああ、公務員であるからには、徹底的に名前挙げさせていただく、大阪府警布施署谷川刑事は、「いまから、部屋の中、持ち物を調べさせてもらう、容疑はもう、わかってるな」という。「ご勝手に」と、つかれきっていたため、また、一気に疲労が押し寄せたことでわたくしの態度も、それなりに険悪化した。すくなくとも、不快である。おれはギターの練習をしているのだ、仰る通りミュージシャンだ、邪魔するな、といった態度に足を組んで、なんでもきけ、といった風に、半分笑っていた。意図した笑いである。それが一番ムカつくだろうと、思ったからだ。遠路はるばる、大阪から新潟(下越地方)まで、それも、七、八人で新幹線に乗ってレンタカー二台も借りて「遠けてがんに来なさって(これが、新潟弁だ)」、どこからの情報と確証があったのか、すばらしく確信に満ちて、後日わたくしに言ってのけた、「疑うのが仕事」であるにも関わらず、なんの「懐疑精神ももちあわせなく」、あくまで、絶対に正しいとうぬぼれみこんで、よくもまあ、あんなヘマが踏めたものだと思う。嫌味でなく、いや、嫌味もまじえてさらに、思う。はっきりいって、こっち、やや、「自分に起こる未来がだいたい読める」、というのは、大げさだが、自分に起こるなんとなくが、だいたい読める、のである。いや、本当だ。それに計算も悪い頭で働かせている。いちおうながら。…まあ、疑われてもいい、そうして、ドジッたのが、他ならぬ「捜査のプロ」だ。…。
 「まあ、だいたいのことははっきり言って疲れてるので、そして早く帰って欲しいので、モノ(証拠)も出てこないんですから、さっさとかえって、ウチのホームページに書いてあるとおりそれでも読んでたらどうですか」。これが早朝七時半から、午後四時手前という、バイトで言うなら8時間以上の労働を要して結局でたわたくしからの提案だ。そしてちゃっかりホームページのアクセス数を確認していた家人が調べたところ、いつもの数倍に膨れ上がったホームページのアクセス解析による捜査機関からの返答だ。
 正し、警察もそれはそれは、「新潟と訊いて二の足踏みかけた」にも関わらずに必死に十数万はかけてきた「新潟旅行」だ。ただで帰る訳にはいかない。「まったく何も出ては来なかった」では、絶対にすまされないであろう。それなりに一応、物的証拠になりそうなものの一つくらいは持って帰らねばならなく、こちらの「ほぼ証拠にならない証言」は、都合がわるいので調書(帰る段になってガサイレておきながら「今はあくまで参考人、ですからね」などという、いいわけがましい言を弄して引き上げたが)に書くわけにも行かない、だから、わたくしの机の上に投げ捨ててあった「ガラクタ(プラスティックの筒にギターのストラップピンを無理やりつなげてパイプ代わりに使用したもの)」を、「証拠品」として、押収して帰った。供述についてはわたくしが疲れているのをいいことに、書きたい放題書いてさっさと帰ってほしいので、捺印させたものを、「調書」代わりに持って帰っていかざるをえない、という情けなさ、浅ましさ、…これが、巷で「日本の警察は事件を捏造する」といい続けられる所以だ。

 しかし、ここでもっと気しなければいけない、もっとも重要な事態がある。これは決してあってはならないことだ。というのは、この文章を売り込みたかった、とある場所に売りこむべくの制限枚数四十枚を既に、遥かにとっくに、こえている、とまったく数えたわけではないが、今まで色々書いてきて、体で、身体で、そう、はっきり判るからだ、しかし…そんなこと
「かまうもんか! オレだって昔は赤坂でならしたんだ!」(SNS,FBフレンド、もとい、先達、高橋孝男)
このまま、もっともっと書きまくって、べつのところに出してやる!

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 話を警察、つまり、大阪府警布施署にもどす。彼らは彼らで、「なんとかして押さえる」つもりだったであろうが、わたくしの方でも、この一件に関しては、「政治運動」などと言っておかしければ、自らのアイデンティティと同時に家族を守らねばならない、いわば、賭けの手段であり目的だった。なすことが余りに小規模といえども、そう笑われようが、少しでも、世間を騒がせ、すくなくとも、その筋では「この肉を切らせて、その骨にヒビを刻み込む」くらいの事件として認知させて、結局は、あざ笑ってもらい、また、自身、嘲笑ってやりたかった。別段、大麻取締法の改正を少しでも考えてもらう、などという野心は、白状するとややあったにしろ、なくとも、良かった。ただ「おれは相当なバカではあるが、あんたらだって、同じだろう」と、同以下にまで貶めてやる、という、悪意のほうが先立っていたことを、もはや認めていい。「何が医療大麻、だ、なにが、患者の苦痛、だ。なにが、日本に大麻文化を取り戻す、だ。…売名行為が、先決だろう? それが、本心だろう」と。そのためなら高々、数日の勾留くらいが、一体何であろう。仮に、懲役が執行されたとして、そのときは、その時考える。明日の我が身は明日の我が身で考えればいい。いや、実際はそんなところまで考えは及んではいない、目の前の怒りに満ちた衝動、多少の野心、それがたとえ、月並みの世間から浴びせられる悪評であろうとも。ただしかし、家人と飼っている猫、これだけが心配で、さらに卑しいところを白状に及ぶなら、少しはマシな刑罰でなるべくの大騒ぎが起こしたい。…わたくしは、間違っているだろうか?
  二日に分けての取り調べだ。今日も今から、八時に家を出てから行かねばならない。
  取り調べの半ば刑事さんは、「正直、来たとき、びびったやろ?」と冗談まじりにいったが、「いえ、いつか来るだろうと思っていた」し、
「むしろ、期待していました」と、はっきりいってのけた。
 取り調べが休憩を挟んで長引く。というのも、全く覚せい剤反応などでてはいないのだが、つまり、わたくしが買った、いや、買わされたものが実際に覚せい剤であるかさえ不明、証拠なし、の状態で調書には「覚醒剤を購入」と記録され、「新潟に来てから何回も覚せい剤買ってる」などといういいがかりをつけられ、挙句携帯の痴話喧嘩を無理やり再生されて聞かされ、その、支離滅裂な会話から状況証拠として、「不当に長く拘禁」されてある状態だ。さすが警察! 最後の最後で態度を変えてきやがった!
 確かに、パイプ代わりにしてたガラクタから、極微量の大麻成分、THCが検出された、という用紙を見せられたが、「では、それは間違いなく、大麻取締法で規制されてあるサティヴァ・エルにふくまれてあるTHCなんでしょうか?」と聞くと、なんのことだか、全くわかっていない様子だった。インディカ種、ルデラリス種、といった大麻は日本においては取締対象になっていないと、おれは、しっかりそう、勉強したぞ? 検察には絶対それを主張する。いわゆる密売人から、これが「覚醒剤です」と言って出されたところで、我々一般人に脱法ドラッグと、区別がつくか? 今の時代。「いうてもTHCやん!」 言うやつには、こういゆうたる。「法律ではそうなってんねん。法律守ろうや」と!
 
 長時間に及んで、取調べなんかするから、…「シャブ」「注射器」「炙り」、とか、いちいちひたすら繰り返されて、また、いらぬ「ムシ」がわくわけよ。でも、今は………、大人しく一人で虚しい酒のんでるんですよ!
 市村刑事の名言。
「疑うのがおれの仕事やからな」
というのに、対して、わたくしは、
「知ってます」
とムカつきの余り反射的に返したが、やや違う気がする。巡査らと違って確かに、刑事は疑うことも仕事であるが、明らかに過去の、証拠も、もはや完全に残っていない、そんな事件に於いて、ストレスで気が滅入っている市民を守る方を優先するのが筋ってもんちゃうの? 「疑うのが仕事」などと、おいつめられたのか、かっこよく言い放ったつもりなのかは知らないが、それならもっと専門家がいる。作家、とか、哲学者とか、芸術家とかそういうのはどうなる。まず、自分自身を徹底的に疑いぬく。まあ、それはともかく、おれは今更、犯歴のひとつふたつふえようが、とくにべつに、取り調べの真っ先に言われる「位記、勲章、年金」の類くらいにしか思っていないが、おれの嫁に対してさえ、犯罪者に仕立て上げやがった、というのが許せん。
 
 ああああああああ、もうなんでもええわ。かかってこいや。おかしいわ、くるってるぞ。警察、お前ら。まともな人もいると信じてるし、気の毒だが、連帯責任だわ。だって、おれの、焦燥に駆られ続け、ときに落ち着くことさえ自らの意志ではできず、部屋をうろつく姿、しっかりした安定のえられない生活リズム、これを、見てきたすえに、「小遣いの範囲ならわたしはしらないとします」、と「今まで、真面目で一切ルールをやぶらないこと」を信条としてきた嫁が、どうしようもないとおもって、現在の医療によってズタボロになったおれがなにしようが黙認していたところ、そこを犯罪者にしやがったのだ。幇助、やと? 狂っていないか、この、社会、という青臭い話にさえなってきて恥ずかしいが、大麻取締法、また、薬物規制の中途半端さ、一方的な締め上げ、というものが果たして、一体、国民にとってなんの利益になりうるのか、そこを、はっきり、今の時代において、この日本で明確にしていただきたく、六十三ミリのメチルフェニデート製剤なしには、まともに機能しない身体を突き動かして今これを訴えかけている次第だ。
 法律とは果たして何のために誰のためにあるのか、そこをもう一度、考えていただきたい。税金払ってるのだ、我々…。やれやれ。
 またこれも実際のところを白状しておかねばならない。完全なるミスだった。少し以前野球選手が覚せい剤で捕まったが、テレヴィではそんな話題で持ちきりだった。わたくしの感想としては、「今さら、覚醒剤なんぞにはまってしまうもんかなあ」、と自分自身に対して強く思った。そして、その時、タイミングがよろしい、というのか、悪いのか、ヨメは実家に帰っていて、わたくしはといえば、夫婦喧嘩が原因で、なんの事件性もないのに、無理やり精神病棟に放り込まれて、事実精神病棟内では、覚せい剤体験者はおそらく90%を超え、覚醒剤の話ばかり、という、中毒体験者であるわたくしにとっては、「盛り上がる話、といえど、勘弁してくれ」、という気持ちになるのは当然のことである。そして、入院スタッフが「事件」(入院老人患者に暴力を加え老人患者が右足を血まみれになるまで負傷するという傷害沙汰)を起こしたことに憤慨して、それを警察に告発したわたくしは、病院側にとって、病院スタッフたちや医師たちにとって、非常にやりにくい存在となり、退院予定よりはるかに早く、はっきりいえば、警察に告発をした次の日に、警察の事情聴取をうけ、なぜか、その日のうちに、退院させられた。院長からの直接の許可を受けた形である。ざまあみろ、そう思った。そしてその日の夕刻、帰宅した。となれば、ややカネもあったため、考えることは、「覚醒剤を一発うったろか、久しぶりに」。そのことばかりであり、その日のうちに、その筋を介し、モノを入手して、実行した。
 だいたい赤ペン注射器(インシュリン用注射器)メモリ20を示すところまで粉々に砕いた結晶上のモノを詰め込み、注射針から自販機で買った天然水を吸い込み、完全に溶けるまで注射器の側面を指でゴシゴシとさすって混ぜ込みながら熱する。そして、いざ、注射したのだが、まったく久しぶりの静脈注射であったため、注入の半分くらいのところで、完全にキマってしまい、「もう勘弁してくれ」と思い、注射針を腕から引き抜き、残りの注射器内の溶けたモノをペットボトルの天然水の容器に戻して、少しだけのみ放置しておいた。そしてパケに余ったモノを適当なところに隠し、注射器もまた別の適当な場所に隠しておいて、ぼーっとしていたら、その約5分後くらいにわたくしの携帯に心配しかねたヨメからの電話がなる。そして、それを無意識にとって、退院した旨を伝えた。すると「新幹線で明日、すぐそっちに帰る」という、断る理由が思いつかないので、まあ、いいや、そう思って「分かった」と言って電話をきった。徐々に脳内速度は「速く」なっていく…。
 「速くなる」などと、わかりにくい表現でごまかしてはならない。そのまま、文章を書くなりギターの練習をするなり作曲をするなり、なにか生産的なことをやればよかった。多分、次の日の昼頃までそれをひたすら続けていただろう。しかし、そのときは………おう、よっしゃわかった! 実際のところを言わせてもらおうやないか! エロいやつ、になっていた! ひたすらインターネットでエロ画像、エロ動画を凝視しつつ、おうこれは! 普段ならまったく見向きもしないような、AV女優、出演女優、アイドルなどの類が、変にエロく思えて仕方がない! いや待ってくれ、強制入院なんてことをさせられていたため、溜まっていたのだ。いろいろと。ひたすら、エロいコンテンツを保存する、という作業に次の日の昼過ぎくらいまで没頭、いや、埋没していた。世界一エロいやつ、そう言われてもまったく否定はしない。ご覧のとおりだ。いわゆる、「エロハマリ」というやつである。覚せい剤をやって一番情けない生産性のない状態、そうわたくしは思っている。が、世間巷の覚せい剤使用者はこの状態を好む。おそらく、青春期のあの「雄々しく若いエロ」への回帰を目指す、ノスタルジアだろう。……などとかっこをつけてみたが、いや、ヤバいもう、昼過ぎまで一秒も休むことなくこの「エロハマリ」が続いている。ヨメがもうすぐ帰ってくる! この状態を視られてはきっと怪しまれる! なんとかして「エロハマリ」から抜け出さねばならない! しかしなかなかこれがやめられない! さっさとヌイてさっさと終われ! そう覚悟を決めフィニッシュに及んだのであるが、それがまたとてもむなしいものであった。こんなものにハマっていいことなど一つもない。そう思い、それから、疲れ切っていたので、眠剤を各種色々一気飲みして大人しくラリってヨメが返ってくるのを待った。当然、クリスタルガイザーのペットボトルから、水を少々コップに移し替えて「あくまで飲んでいただけ」というところを強調するために、そんな稚拙な芝居まで打っておいたのだった。それが、まったくの誤算であった。
 昼過ぎ、時刻でいうと、だいたい14時過ぎ、疲れ果てて、ヨメが帰ってきた。わたくしは「あくまで喉が渇いたので飲んでいる水」、のように見せかけ少しペットボトルからコップに注いだバリバリに覚せい剤の溶けた水を一気飲みした。ヨメはひとまずはなんとか生きている、生きて普通に過ごしているわたくしを視て安心し、そのまま、少し眠る、といって眠り、起きたのはもう夜の九時すぎだった。その間わたくしはギターの練習を繰り返していた。そして、ヨメが熟睡しているのをいいことに、ラリったわたくしは強気に、隠れてトイレで残りのモノを注射して、怪しいものすべてをハサミで滅多滅多に切り刻み、分解して、そのままトイレにトイレットペーパーに何重にも包み、そのまま、流して隠滅したのであった。先程いったとおり、九時を過ぎてヨメは起きたが、来る道でかってきたカップヌードルを食い、そして、眠れなくなった、というので、わたくしは眠剤を幾つか手渡し、弱い眠剤だ、これをのんで寝ろ、といったら、いつもにもなく、大人しくそれをのんで再び眠り込んだのだが、実際にはロヒプノールやベンザリン、ハルシオンといった、なかなか、強烈な組み合わせであった。わたくしも同じく、それを飲み、いつの間にかウトウト眠っていたようだ。そして、目がさめたら、テーブルの上のクリスタルガイザーをわたくしが机においていたコップに注いで、ヨメが何の変哲もない水だと思いこんだのだ、飲んでしまった痕跡がある。まだ早朝であった。そして、強烈な眠剤でまだ回らぬした舌、半分開かない寝ぼけ眼で、しかし、何かしら、やけにハイテンションだ。ヤバい、そう思った。これはいかん、「おまえ、この水、のんでしもたんか!?」と問いただすと、「うん、喉が渇いたから飲んだ」という。普段からヨメは飲料としては水を好んで飲む。あるいはお茶だ。刺激物、といってもジュースではコーラが好きなくらいだ。酒もそんなに飲めない。「やってもうた」わたくしはそれだけを言い、黙った。「何が?」と訊かれて「いや、なんとなく言っただけだ、気にすんな」といって、その場ではなかったことにしたが、その後、テンションの高いヨメが「お義父さん、とお義母さんに会いたい!」といってきかない。「いや、今、お前、まだ、眠剤がきいてるから」と止めたが、聞かなかった。「よっしゃわかった」といって、正し、少しでも目がさめてせめて眠剤が抜けるよう「歩いて行くよう」に説得して、ヨメは「久しぶりに散歩だね」と言って喜んだ。わたくしの方では気が気でない。完全にキマってラリってるヨメに対して、少し眠ったのでなんとか冷静な判断のつくわたくし。既に述べたように、わたくしは後味が悪いので隠し事をしないことにしている。特にわたくしと真剣に向き合い、心配してくれる家族や友人に対しては、そういう態度は失礼だと思うし、事実、友人や家族にそういう欺きを受けていたなら、わたくしだったら、ショックだからだ。しかし、タイミングなどにもよるし、結局、ありとあらゆるコミュニケーションは根底に「相手を欺く」という心理が秘められており、煎じ詰めれば不可能、なのであるが、だからこそ、わたくしは出来得る限りの表現技法を用いてでも、誠実に相手と話し合うことがしたい。性格上、疑い出すとキリがないため、それでは全く面白くなく、せめて家族や友人との付き合い、という場面においては、なるべく、要らぬ嘘や余計な小賢しい矮小な態度は避けたい、と思っており、そう努めているつもりである。正し配慮のない態度でズケズケと事実だけを述べたて、むやみに友人たちを傷つけるつもりはない。そんな夢想的な傾向にあり、そういった態度を目指してはいるが、これがなかなか難しい。まあ、そんな性格もあり、後日、シラフに戻ったヨメにこういうことがあり、おまえは「あくまでそれを誤飲」してしまった形だ、まあ、法律では動機上の問題になってくるため、あくまで、法律を犯してはいないのだが、完全にキマったおまえを制止するのはかなり難しかった、なるべく、気をつけてくれ、といっておいた。すると、どうだ。わたくしはこの件に関して、一見「更生したように見えた」シノカワに笑い話として語ってしまったのだが、なんと警察の方でも、その件について、ヨメが自ら喋る前から「本当に誤飲なのか?」と、疑いをかけ、知っていたのである! わたくしに対しても、調べの刑事たちは二人で違法薬物をやっている、として最初からその疑いを最後の最後まで曲げなかった。挙句、幇助罪として、まるで共犯者であるかのように、仕立て上げた。犯罪を捏造する、とはこのことだ。第三者からの大げさなチクリがあったことは間違いなく、売人連中がそんな知りもしない、そして事件にまったく関係ない嘘をついて自ら罪を重くする、とは思えない。それにおれはその連中には、ヨメに聞かれると怒られるため、機嫌が悪くなる、と言う事情を打ち明けてさえいたのだ。 後にシノカワが「山(わたくし)がヨメに覚せい剤をやらせている」といい振り回していることが、明らかになる。それに対して腹が立ったために、わたくしはオカマに対して「なんでもいう事聞く」、と言ったな。では、新潟まですぐに来て土下座して謝罪してその足ですぐ帰れ」と命令すると、シノカワは無視し始め、なんと、わたくしからは見えないように投稿を設定し、あからさまにわたくしの悪口を書き始めたのだった、何度も言うがそういう陰湿さがわたくしを一番腹立たせてくれる。それにシノカワとのあいだを「今回ばかりは大丈夫!」と太鼓判を押しつつ、取り持ったハタさんの顔も思いっきり潰しているのだ。わたくしの方でも「結局、反省なんてそんな高度なこと、していませんよ」と一度は完全否定して断ったのである。しかし、どうしても、と、ハタさんが頭を下げるかのようにおっしゃられるので、なんだか、恐縮であり、しかたなく、話を聞くくらいならしてもいいか。と思い、
「安易に仲直りなどしない。完全になんでもおれの言うとおりに行動しろ。わかったなら返事は、はい、の一回でいい。メッセージは一日五行以内、一通のみ。それ以外のつまらない、お前の身の上話など聞きたくない」。
と完全に体育会系の指導を以ってこのオカマをなんとか、他人に迷惑をかけない、礼節正しい人間に少しでもしてやろうと、ハタさんに免じて、意を決したのであるが、それがものの見事に、わたくしの自惚れであり、このオカマが社会適応など出来るわけがないのだ。
もう疲れた。
 …あのオカマったら、困ったことにすぐに反旗を翻し、追い詰められたら嘘をついて、自分、及び、周囲の人間を騙しにかかるのよ。マツシタ氏及びOくんにとっても、まったく初めてであったタイプの虚言妄想ホモ親父、とでもいうのかしら。言ってる内容に矛盾があったとして、そこまでは深く洞察しなかったでしょうし、はっきり言わせていただいていいかしら! わたくしが仲良くしてやってください、と言って、紹介した人物、それだからこそ、彼らだって仲良くしてあげようとしたのよ。疑う気はなかったに違いないですし。そんな嘘ばかりついている人間には思えなかったであろう。あの人ったら、宇宙人だの霊能者だの超能力だのを自分自身で使いこなせる、と思いこんでおりまして、ただし、その怪奇現象がオカマの思惑どおりに、ことを運んだことなど、いちどもございませんこと。わたくしが視てきた限りでは少なくとも一度もありませんもの。一度、処方薬でハイというのかしら泥酔に及んだ挙句にあのオカマのひとが「神がかりに入ったところ」を見せていただいたのですけれども、それはそれは非常に滑稽極まりない、稚拙な演技でありましたわ。それをスマートフォンで撮影していると、あのオカマのひと曰く「山﨑さん?なんでカメラ持ってるんですか?」とか「これはわたくしが喋っているんじゃありませんよ?」下手くそな演技で、それでも、必死、というのかしら、真剣、というのかしら、真面目にやっている模様。
 実は書くのも恥ずかしいくらいのところなのですけれども、本当の本当に、その以前、まだあたしが友人だと、あのオカマのひとのことをを思い込んで、一緒に遊んでいる時分、あのオカマのひとの前で「神がかり」現象に入ったのは何を隠そう、このあたしなんです。いや、本当なんです。自分でも本当に不思議なのですけれども、その時、唇は勝手に動いて、自分にもよくわからない事象について語ったんです。内容についてはあまりにも恥ずかしながら「イルミナティとは何か」なんです! あたしは全く「イルミナティ」のことなど存じませんし、全く興味もございません。どちらかというと、笑ってしまうひとたちなんじゃないかと、密かに軽蔑しております。しかし、一時期「フリーメイソン」に属していたシノカワは非常に興味深かそうに、驚きながらきいていました。その合間にやや、自分の意志で喋れる瞬間があるのですが、「これ、おれが喋ってるんちゃうで! 何かの意識に喋らされてる!」とオカマに言い放ったことがありますの。そしてその時の感覚を今でも覚えているため、今でも「それが来る」ことがあるのです。それはいくら幻覚剤をやっても到達できなかった地点ですし、シノカワはその細部のみをわたくしの真似しているにすぎないのです。なにが「これはわたくしが喋ってるんじゃありませんよ?」ですか。そこまで、口調ととのえんでええねん! というツッコミを入れてあげたっかたんですけれど、このオカマにはもはやなにをやっても手の施しようがない、と確信が強まるばかりだったのよ。…ってあら、いやだわ。あたしまで寝不足と疲れ、それにくわえてちょっと、酔っ払いすぎたみたいだわ! 様子が変だわ! なんか、わたくしまで、おかしな言葉遣いになってきてるし、また、どれくらい様子が変かというと、

この「様子」という字の字面が霞んで「精子」と区別がつきませんもの!

 完全に疲れているみたいね、少し休みましょう。

 結論として、今回の取り調べは、心の奥底から本当に時間の無駄、だと思った。不愉快な文字通りの不当な拘束・拘禁が続くだけだ。そう思うが、だからといって、自分のやってもいないような犯罪をなぜ、わたくしが奴らの思う壺となり、それもどこにも証拠など残っていないのに、「証拠隠滅を防ぐ」という大義名分で家に不法侵入捜査までされて、いきなり脅されて差別用語に近い言葉でけなされておきながら、それで、さらに、おめおめと奴ら警察の仕事をわたくしがまるで「通謀」するかの如くの嘘をついてまで、この身柄をを犠牲にしなければならないのか。ふざけんな。あるいは、「じゃあ、売人が嘘を言うてるのか?」などとわたくしに聴いてきたが、そっちの操作上のことなど、コッチは、参考にも、気にもとめていなければ、一般のたまたま違法薬物を売りつけられたに近い人間と、そういった反社会的な商売をひたすらなりわいとして続けている連中の、どっちの意見を大いに参照するんだ警察どもたちは? まあ、今から考えるに、他の第三者的人間からの「太鼓判があった」にせよ、それでも、おまえらの思惑通りにことが万事型通りに進行するとは思うなよ。それに、もはやその時わたくしは、はっきりではないにせよ、いずれこういうことが起こると予測しており、そしてシノカワがそれをけしかけることくらいはわかりきっていた。その一証拠として、なぜか、わたくしの罪状に「薬事法違反」がついていた。それは以前、シノカワが、「生駒署で尿検査を受けた。もしかしたら覚せい剤反応が出るかもしれない。数日前に覚せい剤をキメたばかりだ。ADHDの薬(コンサータ)で覚せい剤の誤反応がでる、とインターネットで調べた。ので、コンサータの空シートでいいから、ぜひ送ってほしい」と懇願され、うるさいので、送った。数粒のからシートだった。これで、ご反応と言い張る、ということです。宛先、送り主、わたくしの名前で住所も記載し、しっかり送った。それを、警察に山﨑に買わされた、無理やり飲まされた、などと吹聴したに決まっている。確信している。でないと、薬事法違反はあまりにも、おかしい。まあ、そういった事情もあり、そこで騙されたふりをして、………。
 また、その他、実は徹底的にこのオカマを潰してやる、と、わたくしの方でも、少し根に持たざるをえない在る、ちょっとした恨みがあったこと、そう、最初からそれを書くためにわたくしは、はじめからこの原稿を書くにあたって、ほとんど自暴自棄の気持ちに近い、深酒、今では悪酔いの体に陥りながら、この原稿を書き飛ばしているのだ。この、オカマやその他のみんな、結局はそのオカマの弄する芝居にだまされて、わけがわからなくなり、お互いを憎み合って最終的にはやはりいつも通り、このオカマの虚言妄想に端を発する一つの出来事、として、一旦、筆を置くことができうると思う。最初から全てオカマが悪い、それは皆さん、途中から皆さん、もはや気が付かれていたことでありましょう。そして、先に書いた、「ドチンピラ」マツシタ氏のチクるチクらぬという揉め事、あれも全てシノカワの嘘だったことが後に判明する。狙いは、マツシタ氏とわたくしをぶつけ、仲をこじらせ、潰し合わせることである。ともかく、わたくし、マツシタ氏、Oくんこの三名すべてを仲違いさせるべく、各方面に向かって、まったく相反する仲違いにたる、嘘、偽りを吹聴していたようだ。
 そしてその恨みごとを書くことによって、わたくしが、これを、ちょっとした文章の荒っぽさなど気にもとめず、ほとんど「酒に飲まれながら描いた」その理由もわかっていただけるであろうと思われる!
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 もう少し、おそらく諸君の気になるところ、「神がかり」というものについて詳しく書こうと思う。胡散臭がられようが、それは当たっているのでそれでいい。
 確かにわたくし聴いたのだ。それも街中で、電柱にしがみつきながら、恐怖、畏敬の念に取り憑かれ、「あの説明できない感覚」のなかで、その「神(意識体、という方が確かなのかもしれない。わからない)」はわたくしの脳なのか心なのかともかく意識にこう訴えかけたのだ。
「三つ。今おまえは間違った治療によって破壊されている。すぐさま正しい治療を受けれるよう計らう。また、おまえには絶対に彼女が必要だ。でなければ、おまえの生活は破壊されていく一方だ。その彼女をすぐに呼び寄せる。また、おまえの周りに、おまえを欺いている裏切り者がいる。これは試練だ」
と! すぐに恐怖が感謝の念に変わりゆく。そして、電柱から腕を話し、「ありがとうございます」と、柄にもなく心中でいい、そのまま何事もなかったように、わたくしは歩き出す。…。
 その次の日だ。いつも通っているかかりつけの、なんと内科で精神科領域である「ナルコレプシー」の診断意見書が精神科に向けてしっかり書かれたのであった。…普通、ありえないことである。
 そして、そのすぐ直後、「エントランスの強化ガラスを殴り割る」事件が、発生したのだが、それから一ヶ月も経ってはいなかったが、インターネットを通じて、何気に遊んでいたら、現在の嫁が、「嫌な新潟から逃げるように」新幹線で尼崎までわたくしの「音楽や書くことに惹かれ(嫁談)」すぐに来てくれたのだった。先に書いたようにわたくしの部屋やわたくし自身はほとんどボロボロだ。こんなことがありうるだろうか、とわたくしにはほとんど脅威であった。
 そして三つ目、そう、オカマ野郎、シノカワの説明するまでもない、裏切り、嫌がらせ、嫉妬、妬み行為だ。…。
 他にもいくつか、風呂場での対話やその他諸々があるが、それはさらに胡散臭がられるだけだとわかっているのでやめておこう。
 その「神」といわれるものは、奈良のある山中、地図にも記載されていない場所に祀られてある。ある霊媒師二名が言うには「天の川の神」(天の川、つまり銀河だ)なのだという。そして太古、「出雲族の信仰の対象」であった、という。その二名のうち一名は「あんたの来た星はもう、もしかしたらないかも知れん。だから、地球に慣れるようにしなさい」などと、突拍子のないことをわたくしに向かって言うのだ。読者のうち、これを信じられる方がいるか? しかし、わたくしは知っている。その「神」とは友人だと思っている。せいぜい、うさんくさがってくれ。いや、その気持ちもわかる。わたくし自身、ひたすら無神論を貫いてきたものだ。ここまでにしておく。
 次は、笑えることに、シノカワがゲイである、と言うことを知った、その発端を語っておく。これも以前書いた文章である。
「右翼のホモの性魔術」と、題した文章だ。続きを書くつもりで途中で終えているが、参考までに。
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「右翼のホモの性魔術」
 なぜ、あのおっさんはこうまで墓穴をほるのだろうか。掘るのはオケツだけで十分ではなかろうか? 関わって、いいことなど何一つないどころか、さんざんあのおっさんの投影を吹聴されて評判がおちるだけだ。実際、おれがこの耳で色々確認してきたのだ。やつの手口としてはこうだ。右翼団体、暴力団、秘密結社、新興宗教などとの関係を大げさにあたかも真実であるかのごとく、匂わせ脅すが、実際は何もできない、おきになさらず。
 しかし、全く取るに足らない人物といえど、ここまで、迷惑、無礼を働いたのだ。覚悟は決めてもらう。当然の報いだ。それによくわかっているではないか、もう、再びの縁はない、と。
 家族中が迷惑を被っているのだ。わたくし、全くの素人ですので、そんな小指、なんぞいりませんで。金玉も。腎臓なら、伊藤さん(FBFの一億円セドラー)が転売してくれる、きっと。
 ほもほも、おっと、そもそも、シノカワがホモであることを知った経緯については、あのおっさんと二年間ほど、喧嘩して無視しあっていた時期があったのだが、その間も、執拗にわたくしのSNS(mixi)での投稿を見ていたようだ。それは、この間に諸君にお見せしたシノカワの隠しアカウントにヤツ自身の手によって「赤裸々に」ありのまま描かれてある。そして、「まあ、お互い大人気なかったっすね」、と和解した次第だが、その後、ついにその後、やつの正体、本性、ありのままの姿が、まさに、その時まさに判明する!
 キマっていた。お互い、とうにわたくしは三十路を過ぎ、シノカワは四十をはるか昔に超えている。となれば、仕事でもない限り、酔っ払って話をする機会が多くなることは明白であろう。
 その日、さんざん、アルコールや処方薬、いわゆる脱法ドラッグなどで酩酊に及び、わたくしの運の悪さ、しかし、なぜか、ギリギリで悪運が強い、などという、どうでも良い話で盛り上がり、笑いあっていた。シノカワ氏のテンションといえば、覚えたて、の酩酊物質でハイになった人間としてのご多分に漏れず、
「絶好調! わからないことがあったら、なんでもきいてくれよ、ボーイ?」
といった、恍惚の表情が、確実にこのままほうっておくと、救急車か、パトカーか下手をすれば自衛隊が飛んで来ることを物語っていた。
 たしかにその以前から、「なんかやけにホモの話題で笑いをとろうとする人だなあ」とは思っていた。「なぜ、この人はゲイの人物に知り合いが多いのか」と、なんとなくではあるが、そう思ってはいた。が、そんなことを気にかけて友人の条件とは、当然しない。その当時わたくしはまだADHDという正しい診断がおりてはおらず、「非定型精神病」という、精神病の部類のうちでも、いわゆる、医者にもわからない、という病名の診断をくだされており、差別的視線で見られるなら、当然わたくし自身の方だろう、とコンプレックスの形で強く思っていた。だから、むしろ、差別的視線を浴びる人の味方をしてしまうこと、これはいまだもってかわってはいない。
 「性魔術」。だしぬけにシノカワの口をついて出た言葉が、この、性魔術! 「いやあ、しかし、なんで僕ってこんなしょうもない運勢なんでしょうかねえ」と、年上のシノカワに対しては、体育会系に教育を受けたわたくしとしては敬語で、それも、もちろん友人として当然の敬意、親しみを込めてつまらない話題といえども、なんとか、面白みをもたせようと話をするわけだ。すると、言うのだ、
「性魔術!」と!
 「おれには見えてるで。山﨑の背後に悪霊がついてるのが。はっきりいって、真っ黒や! 暗黒そのものや! その暗黒の中で不気味にうごめく悪霊、魑魅魍魎の類やなあ! それがいつも、お前の身に不幸をよびよせるねん! ほんまやで!? 実際、おれと山﨑が初めてあったとき、ほら、阪急園田駅で。あのとき、猛烈な吐き気に襲われて、阪急園田駅に近づくに連れて、体がしんどくなってきて、なかなかたどり着かれへんかってん。それで、この間まで喧嘩してたやん? あれかておれの意思じゃないねん。その暗黒がおれをお前に近づかせんようにしたんやで! このままやと、ジブン、えげつないことになるで?」と、五十手前のおっさんが本気で力説し始めて、わたくしはわたくしで半分以上、前後不覚なまでに泥酔している。だから、この話の言葉、一言一句そのままではないと思うが大体を要約すると、そのような話である。…。  「は、はあ? そう言われても、よくわかりませんがなるほど」と相槌だけを適当にうった。が、もう一度はっきり説明が欲しかった、しかし、説明の代わりに飛び出してきたのが何を隠そう、例の「性魔術」という何かで聞いたこともなくはないが、わたくしには完全に興味のないファンタジーだ。が、せっかく、和解したというのに、いきなりそこでまたもやもめる気も起きない。それに、シノカワは本気でそれを言っている模様! その時点でやっと何か、暗黒な気配が背筋に忍び寄るのを感じた。
 どうも、そのその相槌の意味するところ、それをシノカワ氏はやや間違えて解したようである。わたくしとしては、英語で言うところの「I Can Not Understand」だったのだが、シノカワ氏、どうも、少女の手口としてよくある、「男を釣ってみた」感じに得意げだ。やばい、なにかやばい気がする! 無言。一分ほどの無言の後、シノカワ氏、この対局のなか最大の態度にでた!
 「そこで! どうするかわかるかあ!? 性魔術! おれがお前の、ちんぽを舐める! そして、お前が、その、つまり…放出に及ぶその時、お前の中の黒いもの、邪悪な何か、これをすべて吐き出すイメージを喚起せよ! それを、その、黒いのか、白いのかはわからんで!? おれは、おれにはわからん! でも、それをおれは飲み込んでみせる! そしたら、もう賢いお前には分かるはずや! そこで、おれは、きっと、しんでしまうかもしれへん! が! お前は解き放たれる! その暗黒からな!」 …更に、意味不明な展開だ…。これは自衛隊を呼ぶなりした方がいいかもしれない。
 白状する! 本気でわたくしは怖かった! 恐怖に取り憑かれていた! 怖い! 怖すぎる! しかし、恐怖にたじろいでいると悟られては、はっきり言って何をされるかわかったものではない。場所はわたくしが借りてあるマンションの一室。いわば、密室だ。
 今まで、一応は男子たるもの幾つかの修羅場を乗り越えてきた自負はある。が、しかし、今回はあまりにも特殊だ! 
「いわゆる裏社会で生きる強面たちもそれはなかなかのツワモノたちだった。なんども腹を括ったことがある。日本刀で脅されたり、シャブ中どもと渡り合ってきた。警察沙汰を起こし、パンツの中に注射器や覚せい剤、大麻を隠しつつの取り調べを受けたこともある。また、いわゆる半グレどもと、しょっちゅうしょっちゅう殺す殺さぬのケンカを繰り返してきた。が、こいつは別モンだ! 努力、根性、気合、度胸などで乗り越えられる難局ではない! はっきり言って趣味の領域だ!」
 そうわたくしは思いながらしかし、シノカワ氏は先程まで組んでいたあぐらを崩す感じに更に大きく構えていなさる! しかも、表情は何か、確実に勝利を手にしたものの如く恍惚とした表情でやや上からわたくしを見下す感じに、「ん? どうや? 山﨑?」 とでも言いたげだ! このままでは、わたくしの童貞が危うい!
 結論から言うと、その時はわたくしは、かろうじて貞操を守りえた! どのようにして、だいたい一回り年長の友人、つい先日和解してわだかまりのとれたばかりの友人からの、それも密室での誘惑を免れ得たか。手段は限られている。
殺られる前に殺る、これが自然界での大鉄則である。
といえど、相手は説明したように、大自然の摂理を超えている! 仮に傷でも追わせてしまって返り血でも浴びようものなら、妊娠も考えうる! となれば、人工的手段。これしかない。その手段が通じなかった場合、最悪、殺すつもりで散らかり放題の床から凶器として通じるものを、なんでも良い、握りしめながら、覚悟を決めてわたくしは打って出た!
………一瞬の沈黙、こらえきったような表情をむりしてつくる! さあ、やるしかない! しかし、この場面は、息を飲み込んだ、その気おくれを悟られてはならない!
え? なんで!? …はっはっはっはっは! なにゆうてますのん!? そんなまた冗談きついっすよー、もう、あかんわほんまー、あーはっはっは、腹いてえ! 笑かすなあもう! いやあ、もう!はっはっは、…あかん、久しぶりに爆笑した! もう笑けるわー! さすがしのさんやなあ! え!? なに!? 気がついたらガラスの破片握りしめてた! 血まみれなってるやん、いてえ! あーしかし、わらかすわーっはっはっはっはっはあああ! なんでおれの精子をしのさんがのんだら、おれが不幸ごとから逃れれるという、その奇抜いうかシュールな発想ね! さすがやわ! まいったなあ! これはやられた、日記に書かなあかん、笑いが止まらへん。あ−、おかしい…」と、瞬時になんとか必死、いや決死の大爆笑をして、その場を無理矢理にでもおさめたのである! ご存知、笑い、ユーモア化、これが、人類史上最強の、人工的手段だ。
 やり場の無くしたシノカワは慌てて「わかる? うけた!? やっぱり、ウケた!? ははっ! …ええの? ほんまにええの? じゃあ俺 次の電車で帰るで!?」と照れ隠しの苦笑でおどけ抜かしつつ、そそくさと帰っていった。「助かった」、わたくしは心からそう思った。
……………………
 その後、わたくしが未決勾留を受けた後だ。住んでいたマンションを家賃滞納の末、追い出され、なんとかお願いしますから、と無理を言い、前の不動産屋のKさんに安いマンションを手配してもらい、罰金の二十万をどのように手配するか、途方にくれて、しかし、打つ手がないため、なんとかギリギリまで引き延ばしてやる、と検察からの通知も無視して、インターネットに明け暮れていた。
 そんなある日、ある夜、ロヒプノール(フルニトラゼパム)でラリったシノカワから、SNS(FB)を介して数通のメッセージが入る。なぜかそんなときにかぎってわたくしはラリって眠剤で酩酊してるバカを相手に、いつも大体ADHDの症状である「焦燥感」「倦怠感」がいやでいやでそれがためにジャンキー扱いされたりするが常時飲んでる睡眠薬一つつまんでおらず完全にシラフであった。、率直に言うと、「俺、山﨑のことが好きかもしれへん!」という、愛の告白である! 続けて、
「山﨑の精子が飲みたい! 山﨑とひとつになりたいねん!」
 !!!!
 そして、昔、まだシノカワが若かりし頃、「ホモヴィデオに出演していた。そして、体を売ってカネを儲けていた」などなど、別に聞きたくもない内容だ。ここで、この野郎が正真正銘のゲイであることが判明する。…ということは、やはりあの時の「性魔術」とやらも、どうやら、歪んだ変態趣味の性欲の果てのハッタリだった、ということが、その時、今まさに、確信に及ぶ!
「いやいやいやいや! そんなこといわれても、ゼッタイに無理にきまってますやん!」とカッコ笑い付きで応答した。が、それでもしつこく、何通にも渡って迫られる!
 最終的には「ションベンが飲みたい」
というので、しかもあまりにもしつこいので「まあ、それくらいなら、今度ペットボトルに入れて、飲ませたりますわ」とさらにカッコ笑いつきで、返信し、そのやりとりを打ち切ったのだが、さらにきた返信を読む、いや、その携帯の画面が出たときは、僕の、普段の8割は爽やかな笑顔だけを意識して実際に笑顔を装い、あと2割は「真剣な眼差し」
これを意識することによって女にモテようという常に、どんな状況にあろうが余裕あふれるわたくしの顔も、この時ばっかりは二枚目のマスクを保ちえず、あからさまにむかつきを隠せず、つい、衝動発作の形で口をついて出た、その言葉が

「やった! 山﨑とひとつになれる!」

だった。…呆れてモノも言えず、その後は返信しなかった。
 が、といって、それで友人の縁を切る、という偏見的態度は、わたくしの信念に反する。被差別のやり場のなさ、それから芸術は生まれてきたというようなところがあり、その悪戦苦闘こそ、わたくしが信じる生き方であり、また、芸術家の宿命でもある、と当時はカッコつけてそのように芸術家を気取っていたというようなところもある。いや、今でもそうだ。たとえば、ステージは世界ではないが、世界はステージだ。そういう気取りもあって、絶交などもってのほかだ、と、友人としてなら付き合うと、後日はっきり伝えた。
 シノカワはシノカワで悩んでいたようだ。自分がゲイであることをその「露出趣味」から、世間に公開、カミングアウトしたい、という密かな願望があった。それには当然、摂取すると万能感を得る処方薬の眠剤が一枚噛んでいたこと、その摂取を誰の真似かしらないが覚え、日常的に用いていた。しかし、一人でそんな「露出趣味」を公に晒す、などというだいそれたことをやる覚悟はシノカワにはない。そこで、まとわれ憑かれたのが、何を隠そうこの、わたくしなのだ。そしてさらにタチの悪いことに、シノカワ独特の虚言妄想癖によって、友人をとおりこして、

「*ゲイであるにも関わらず、オカマ、っていや、カマってくれる山﨑、愛しの山﨑*」

をどうも、恋人、のように思い込んでいた節が多々見受けられる。おいおいおいおい、かんちがいすんなよ、このオカマ野郎。
 「山﨑がついていてくれたら、なんでもできる気がする。絶対に手放したくない!」そういうあまりにも自己中心的な思い込みに憑かれていたことは、わたくしのヨメへの妬み嫉妬、そしてわたくしとヨメが二人になることへの散々な嫌がらせ、阻止、これではっきり、諸君にもわかると思う。
 その愛の告白に対して、わたくしが翌日シラフに戻ったシノカワを、散々おちょくったことはいうまでもないが、それが実に逆効果だった。「過激なギャグをやってしまう」「面白ければなんでもいい」というわたくしの楽観的性格から、「笑けますな、ほんま、はっはっはっは」と、ちょっと親しくなってしまったのである。当然そこには当時、完全にひとりでマンションの一室の閉じこもってインターネットと作曲をやっていた、さみしさこれがこのオカマを遠ざけなかったのである。いわば、オカマといえどもおかまいなし、友人としてなら、おもしろいではないか、というわけだ。それに、その当時は、本当にそこまでしつこく掘られている、あああ、違った! 惚れられてるというわけがないと思い込んでいた上、そういうゲイの心理がわたくしには全く理解できなかったのである。今になってわかる。
オカマ野郎は本気で青春期の少女のごとくに初恋をしていたのである!
 ところが、わたくしの方では、半分冗談だと思い込んでかなりおちょくっていたため、奴の方では、手も足もちんぽも出せず、時々、メッセージを送ってくる、という程度だったのだが、お互い笑いあってるうちに、時々、わざわざ、奈良(生駒)から「遊びに行ってええか?」といって、特に断る理由もないので(襲われたら殺す、それだけだ)、「ええっすよ。きてくださいよ」といって尼崎のわたくしの家まで来るようになった。遊ぶ、といっても、たわいのない世間話、そして、のちにそれと判る奴の虚言妄想による陰謀論など、また、時折、シノカワからの
さりげない恋のアプローチ
などが密かに挿入された会話だけだ(アプローチに関しては、なにゆってんねんこいつ、と思い無視したが)。

しかし、わたくしは先に白状しておいたように、当時は極度の薬物中毒依存癖に陥っており、そして、シノカワの方では、それほどでもなかったので、処方薬を貰えるだけもらったりしていた。そして奴の方でも、多分にそれでわたくしを釣ろうとしていたのだ。しかし、わたくしはそこまで卑屈な態度はとりたくないと、普段から強く思っているので、「余ってたらくれ」というだけで、別に奴からそんなたかが処方薬物を頂戴しなくとも、なんとでもなる上、離脱(禁断症状)や普段からある…つまり薬物中毒におちいるほどの…生まれつきある焦燥の症状が出ようが、そんな低俗な打算に頭を下げてまでもらおうとは思っていない。あくまで「いらないならおれにくれ」という程度である。が、奴は「くれ」といわなくとも、どんどんわたくしに余った処方薬(奴は医者を騙して精神障害三級を「うつ病」だと言いはってとり、普段全く飲まない大量の向精神薬をもらっていた)をよこしてきた。まあ、奴が好き勝手よこしてくるなら、もらってやるまでだ、というのがわたくしの態度であった。「…なめんな、図にのるな、誰がそんな下手くそな”釣り”にハマるか、あほか」、とわたくしは思い続けてきた。それに奴は気がついてはいなかったようだ。ほとほと呆れる。
 いつしか、奴はわたくしのマンションの一室に居座り続けるようになってきて、さすがに鬱陶しいので、何度もケンカになった。というのも、わたくしと同様奴も毎日処方薬に依存中毒をおこして、毎日ラリっては強気でアプローチをかけるようになってきていたのだ。しかし、奴は一応、わたくしよりも一回り上の年長者であり、さっさと帰れ」「毎日くんな」「ひとんちにいすわるな」などとは、はっきりいっていいにくかったのである。だから、少しは我慢したが、あまりにもストレスを感じているときに、それも、こっちは作曲やインターネットに集中しているのだ、そんな時にわたくしは怒りをこらえきれず、しかも、ラリってわたくしに近寄って肩に手をふれて、

「二人っきりの時はもっとイチャイチャしようや~」

などと、囁いてくる、のだから、わたくしにしたところで、いい加減ムカついてくるし。なんかこいつ、勘違いしてないか、というような気持ちの悪いとしかいいようのないセリフを吐くのである。わたくしはキレた。そして言った、

「さっさとかえれや、ちかよんなや、オカマ野郎!」

と。すると奴は、一番痛いところを突かれたためだろう、一気に酔いが覚めたように怒り狂い、なにやら暴言を吐き、叫び狂いながら、しかし舌が回っていないためなにをほざいたのかわからないが、ともかく、急いで荷物をもって、退散していくのだった。後味はさほど良くないが、わたくしはザマアミロ、と笑っていた。
 そうして、SNS上で、公にケンカが始まる。奴は陰湿な裏での手回しによって、第三者を煽ってわたくしに攻撃を仕向けるようもっていく。わたくしは、そういうことが嫌いなので、はっきり、全体公開のタイムラインで「あのホモ」「オカマの分際で」「女性経験ないやろ、おまえ」とか思いっきりストレートな表現で奴の小汚い低俗かつ変態趣味を言いふらす。…それが逆効果となり、「山﨑は差別的だ、薬物中毒のキチガイだ」などと、その煽られた馬鹿な第三者が、わたくしめがけて攻撃を始めてくる。衝動的なわたくしはそいつらも含めて、めちゃくちゃに、しかし、冗談まじりの過激爆発言でさらに煽る。そんな日々が続いた。そして終いには
「次、顔をみせたら殺す」(上記、「せんこくのとおりだ」とはこのことである)
「7時に阪急園田駅で待ってる、こい、ギターで頭、叩き割ったる」
など、公の面前でいい放った。シノカワは駅には来なかったが、わたくしはしっかり、ギターを背負って、そしていつでも、ケースからギターを出せるよう、本気で殺す気で一時間くらい構えていたのだった。
 
 とはいえ、あまりしつこく根に持ったりする性分ではないし、ねちっこいことはわたくしは嫌いだ。どんな激しい衝突があっても、すぐにどうでも良くなり、仲直りを優先したい方だ。自分の衝動性もよく知っている。特に、謝罪的な態度をみせられた場合、こっちが逆に恐縮して「あの時はすみませんでした」という和解的解決を取ることにしているし、そうしてしまう。そして、それでいいと思っている。だから、その時点では根に持たれていることを見抜けずに、すぐにシノカワと和解してしまうことが数度あったのだが、のちに判ったことには、しつこく、第三者を煽りまくってわたくしに仕向けていたようだ。しっかり、そのスクリーンショット(PC画面保存)をある人から見せてもらったので確かだ。が、時、既に遅し、わたくしのストレスと人間関係は我慢の限界に達するまで悪化していたのであった。
 そのことにわたくし自身気がつかないある夜、わたくしと実は相変わらず裏で手を回し続けていたシノカワは、その当時、脱法ドラッグが野放しになっていた頃であったから、ちょっとした歓楽街などに行けば、そんな店はどこにでもあった。だから、ないカネはたいて、それらを用い、シノカワとわたくしは、奴が相変わらず家に来るので、まあ、お互い寂しい人種だ、くらいに思い、キマりあっていた。
 まず、言い訳から始める! ストレス! そして、殺すつもりでいたような奴との和解(表面上のものだったといえ、当時のわたくしはそれに気がつかなかった)! 自分自身の寂しさ、孤独! 四面楚歌的なしつこい連中からの脅しやら侮辱! そんな状況がわたくしの気を一層弱いものにしていた。そして、先ほど述べたように、脱法ドラッグ、それもその時に限って、わたくしは思いっきりキメ倒していた。脱法ドラッグだけではない。様々な売薬、処方薬によって、自暴自棄的なまでに酩酊していた! 自室での話だ。机を隔てて一生懸命スマホで何やらSNSでもやっているオカマを見た。寂しい奴だと思った。あわれ、だった。かわいそうだと、その時のわたくしは思ってしまった。瞬間机の上の睡眠薬やら精神賦活剤を一気に何粒も飲み下した。そして、数十分を要しただろうか、さらにハイになったわたくしは、つい、覚悟を決め、言ってしまったのだ! それに、普段からシノカワに対して、「そんな多少の人との違いなんぞ、ギャグにしといたら終いでしょ?」などと、適当かつ無責任な慰めをして、実際インターネット上でホモネタを繰り広げたりしていたのは、このわたくし自身だ。責任、というものがある、そんな気がしていた。必死にエロいことを考えてどうにでもなれ、と考えるか否かのまさにそのとき!言い放った!

「しのさん! 今なら、ちんぽ舐めてもらっても、いけまっせ!」

と! なんたる不覚!
シノカワは驚いたような様子だったが、それでも、うれしがって、わたくしににじりよった。
 …もうしわけないがあとのことは詳しく書くに忍びない。わたくしは必死にいろんなエロい女のことだけを考え続けたのだった。人生最悪の汚点だが、その時は、別に、ちんぽくらい舐めさせてもよくないか、とハイになっていたのだ。ゆるしてくれみんな!
 しかし、それだけなら、まだ、わたくしにとっては笑い話だ。居酒屋での話題の一つくらいに数え上げることができる。
 その数日後だ。先に述べた「神がかり」と思う現象に出くわし、暴れてエントランスの強化ガラスを殴り割って、「全裸で警察に保護された」のは。…きっと、よっぽどの自暴自棄も手伝ってのことだとは思っている。そして話を急ぐが、今の嫁が来てくれたのだ。当然、そのマンションからは追い出される。実際は家から追い出すためには、六ヶ月前に借主に告知しなければならない、と宅建で定められているのだが、こっちの方でそこに居座る気にはならない。エントランスだけならまだしも、部屋のいたるところ、壁中を殴り潰している。足の踏み場はない。己から掃除などしたことは一度もない。そこの貸主いわく、「一ヶ月以内に出て行ってくれ、前から周りの住人があんたの騒音に迷惑してる」ということだった。返答は返さず無視で応答したが、やはり居座る気にはなれない。
 しかし、出ていくためにはやはり、部屋の片付け(これはシノカワと嫁がやった)、自分のやったことごと…エントランスや部屋中の破壊、それと、信じられないことに、誰の嫌がらせか、玄関扉の鍵穴に差した試しがないが、鍵が差し込めないようボンドが埋められていたり(果たしてシノカワだろうか。直感的に違う気がするが、奴ならやりかねない)、庭に続く窓ガラスに大幅なひび割れがあり、やや、小さな穴が空いていた(そこはわたくしは絶対にノータッチである)。それらの修理費用にはじめは八万円の請求が来たのだが、シノカワが「俺が悪かった責任をとる」などと言いだし、今考えればいらぬ弁護士を介したため、なんと五十万の請求が来る。それを、当時はまだ付き合っていなかった現在の嫁が全て払ってくれたのであるが、図に乗ったシノカワが「俺が半分出すやん、なんとかして」と嫁と競うかのように約束をしたが、やはり口だけで、ついぞ、それは返ってこなかった。今思えば、もしかしてあの弁護士とつるんでいたんではないかと思うほどだ。というのも、そこの貸主「中里建設の社長(マンション管理人)とは一切、関わらないほうがいいですよ」、とう弁護士に対して、徹底的に戦う気でいたわたくしが「どう言う意味や? あいつなんか暴力団かなんかの類か?」と問い詰めると、「いえ、なんとなく、ですよ」、と中途半端な茶濁しでごまかしを食らったのである。あくまで、「おとなしくしといて」という嫁、「俺がはたらいてかえすやん」というシノカワに、柄にもなくその時は従ってしまった。やはり、やや、後ろめたかったためだ。
 結局、ヨメが全て、次の部屋を探してくれ、仲介料まで立て替えてくれたのである。シノカワは何の役にも立たなかった。特に頼んでもいない、いや、むしろ、付きまとわれるのが嫌で、「そんなこと、頼んでないっすよ」という、保証人に、不動産屋に「シノカワ 商店、というお店を立ち上げてパソコンで商売している」などと、生活保護を受けて生活してるのにも関わらず、そんな詐欺的な発言で無理やりなりやがったのである。…いや、お前はすっこんでろ、そう思ったが、不動産屋について来て、強引にそういうことに持って行きやがった。狙いは諸君の想像の通りだ。
 そしてその諸君の想像のごとく、新しいマンションの一室に、こっちとしては非常に迷惑ながらも、毎日ラリっては居座り出した。帰れ、とは何度も言ったが相手はもはや、破れかぶれのヤク中である。それに、恋、もしている!…。「恋するものは常に恐る」とスタンダールの「恋愛論」のなかにあったが、薬物で万能感を得たホモ、ともなると、やや話は変わって来る。こちらとしても、もはや手の施しようもない、と言った迷惑さだ。一度、その部屋でオーヴァードーズの果てに、倒れ、意識不明に陥り、呼吸困難を起こしてもがき苦しみながら、手足をバタバタと、もがかせ、顔色は青ざめ白目をむいて、おそらく死にかけたことさえあった。そのくらいに薬物を乱用して居座っていたのである。慌てたヨメがわたくしに「ちょっと、シノカワさんが!」と録音に夢中になって気がつかなかったわたくしを呼び止め気づかせて、「はっきり言ってこんなところで死なれては、完全に迷惑だ!」とわたくしは思い、シノカワは糖尿を患っていたようなので、血糖値が下がりすぎた果てに死ぬんではないかと思って慌ててしまったので、ともかく、血糖値を上げさせるため、わたくしはヨメに、「マンション階下の自動販売機に行って、コーラを買ってこい!」といい、意識だけでも取り戻させようと、「おい、目、覚ませ! おきろ! しばくぞこら! 目、覚ませ!」と触りたくもない奴の体を揺すりながら意識を回復させようと試みていたが、目を覚まさない。コーラを買って来たヨメから、奪い取るようにコーラを受け取り、飲ませようとしても、このままでは喉に詰まらせて余計にひどい結果になると思い、すぐに、「救急車を呼ぶからおれの携帯を貸せ!」とヨメにいい、机の上の携帯をわたくしに手渡してもらい、救急車を呼び、奴はなんとか意識を回復した。
 そんなはた迷惑をかけておきながら、救急車からなんとか、病院送りを免れて、部屋に帰る段になって、わたくしに言い放った言葉が、
「おまえ、おおげさや!」
なのだった。さすがに、ムカつき、「はあ?」と言い返し、そのまま、死んでおけばよかったんじゃないか、と、かすかに思った。
………………………
 前項に渡ってひたすら、しつこいくらいに描いたことから、もう、諸君に説明は不要だと思う。ホモのシノカワは、わたくしのヨメを徹底的に煙たがっていたし、わたくしが所用でいなくて、ヨメとシノカワが二人で雑談をする折には、わたくしのことを「ホモ、変態、奉仕M、露出狂」などと吹聴して、なんとか離れさせようと躍起になっていた。当然、ヨメに比べ長年の友人であるのをいいことに、「恋人関係」であるかのようにいい「ヤキモチ」を焼かせようとしまくっていた、という。
 ある日、ヨメは泣いていた。わたくしと、相変わらずうちにきやがったシノカワの、目前で。わたくしにはちょっとその涙の理由が把握しかねたが、話を聞いてみて、それらが、発覚し、怒り、というよりも、呆れる気持ちが強かった。そんなシノカワのハッタリ癖を、まあ、知らないヨメとしては仕方ない。ヨメが泣いていることには当然辛い気持ちがしたが、話をきいてみて、呆れるより他ないシノカワのやり口に、実際、笑いを禁じえなかったのも事実である。シノカワもシノカワで、泣きながら話をするヨメをみて、気持ちの悪いことに、泣きそうになっていた。いや、涙こそ流していなかったが、あれは、確実に泣いていた。
…ある意味、…ピュアだ。わたくしがそれをみて笑わずにいられようか?
 笑いを堪えつつ、二人が納得いくよう、平和的解決をわたくしは勇気を振り絞って提案した。わたくしだって、おとこ、だ。おとこのなかのおとこ、だ。ここで、器を見せずに、なにが、男子だ! そう思った。
「よっしゃ! わかった! それじゃ、シノカワ! お前も(一応)男やろが! もう一回、おれのちんぽ、舐めさせたる! そして、それを最後に今後、もう諦めろ! おい、ぽいちゃん、お前も、それでええなあ!?」
それを聞いて、なんか」、シノカワの泣き顔は輝きを帯びる! わたくしは、その時、ちょこっとだけ酔っ払っていたが、それほどでもなかった。確実に理性はあった。ヨメもシノカワも、泣きつつも確実に理性は保っていたと思う。しかし、わたくしのその決死の覚悟の言葉をきいて、先ほどまでの泣き顔が、何か、やや、晴れた気がした。わたくしは一人で納得した、
「そう、わたくし一人のたかが、ちんぽがやや犠牲になる、それで済むならそれで良いのだ!」
わたくしは真剣にそれを思い、「いくぞ! おまえら!」 そう言って、ズボンとパンツを脱いだ。ちんちんは当然、普通の状態だ。
「さあ! こい、いつでもこい! シノカワ!」そう言い放ち、わたくしは目をつぶってみないようにし、

ひたすら無心になる、ということを心がけた、いや! 「心がける」という気持ちすら邪念だ!

 そうして寝転がって数秒もたたない、当然ちんぽも全くたたないうちに、なにか、奇妙なぞわぞわとしたねちっこい感触が股間に広がっていく! だめだ、気持ち悪い! 無心だ無心だ無心になれ! いや、先ほど述べた通り「無心を心がけること自体が邪念」だ! しかし、誤解のないように言っておくが、」わたくしの一物は、ふにゃふにゃのまま、というより、どんどんふにゃにゃになっていく! 一瞬、目を凝らしてそれをみた。 そしてそのついでにシノカワの顔が視界の中央に入った! その表情は、まさに一生懸命! いや、一物に「一所懸命」! そのシノカワの必死と決死と恍惚と、その表情を文学的に表現するなら
それはまさに

「春と修羅」!

 鬼のような形相だ。一物はどんどん、その怪奇に恐縮していく一方! 断然勃つどころではない! そして、そのまま、ヨメの顔を見た! わたくしは絶望した! なんと、ヨメは思いっきり笑いを堪えているではないか! …残念すぎる。むねん、だ、かなしい、いっそ、しんでしまいたい、もういっかんのおわりだ…つらいつらすぎる。…が、いつまでは、このおとこ(一応)シノカワにふにゃふにゃの一物を好き放題にさせておくわけにもいかない!「わたくしは絶望の気持ちで叫ぶように言った! 

さあ、もう、ここまでだ!

 そして急いで、着衣し、フジツボのように吸い付いてくるオカマ野郎をひっぺがし、「さ、これであきらめろ!」と、やっと、やや落ち着いた気持ちで言い放ったのだった。しかし、その後がまたしつこかった。興奮したシノカワは、ヨメを指差し、目をむき出しにし、なんの根拠があってか、興奮しながら、

「こんなあばずれ、サイコパスと一緒にいる気か? 山﨑!? 俺はこの女が最初から大嫌いだ!」なぜか、関東弁目玉をむき出しにして叫んだのだった。それを聴いたわたくしは、有無を言わさず、このオカマを以前述べたごとく、とりあえず、殴ったのだった! 強化ガラスを殴り割った、あの勢いだった。しかし、なぜかまたわからないのだが、不気味なことに、

このオカマは殴られて、それがとてもうれしそうだった! 

ついにその時、わたくしは、逃げよう! 新潟に逃げよう! そう覚悟を決めました。

 こんな修羅場が度々起こるのだとしたら、牢屋の中か精神病棟の檻の中の方が遥かにマシだ。このオカマ野郎が今後もつきまとってきて、しかも、それをヨメまで笑いをこらえて見ている、としたら、なんとしてでも、遠くに逃げなければならない。助けてくれ、誰か! ああ、しかし、酔っ払った。寝る!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・(終わり)

混沌コントロール(kφntφn-cφntrφl)・山﨑雅之介 

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