お祝い警察

「デカダンで行け」デカダンとはどんな意味か知らなかつたが、何となくその言葉のどぎつい響きが気に入つて、かねがね楢雄は、
俺はデカダンや
と言ひふらしてゐたのだつた。
「よつしや。デカダンでやる」(織田作之助「六白金星」)
倒れ方は自ら編み出した。計ったことがないので正確な時間はわからない。でもたぶん、二十分から三十分、演技ではなく、気絶ができる。道路であろうが街中であろうが公園だろうが部屋の中であろうが、場所のいかんを全く問わず、それで、実際に気絶ができるのである。当時はよくそれで、街中でいきなり気絶してみせ、目が覚めた時は救急車のなかであったり、交番であったりした。実際に病院に担ぎ込まれたことはない。だいたいがいつも近くの交番か救急車のなかであることから、おおよそ、「気絶の時間」が二十分から三十分の間であろうと、ただ、そう推測しただけなのであり、実際には、当の本人が気絶中なのだから、正確な時間を計ったことがないのであるが、おおよその見当は状況からしてつけることができる。
そんなつまらない技をくりかえしてあそんでいた日々のあるの夜、おれは、ある内科処方薬(気絶のためにまず最初に飲んでおくべきもの)を一回二錠まで、とされるところ、六十粒くらい飲んでいて、あらかじめハイテンションであった。ただ、残念なことに、友人が周囲にほぼいないため、この「ハイテンション」で、迷惑をかけれる人間もいなかったのだ。インターネットで他人を煽って遊ぶのも、すでに飽きた。そもそも、出所の知らない、どんなやつかも知らない人間をからかってみたところで、こちらから、その人間を見ることもできないのである。それほどにつまらないことはない。まさか、彼女なんているわけがない。ん? 彼氏? ホモの篠川さんか、それはまた別件や。いつか話すわ。それで勘弁してくださいよ。
と、なると、もちろんさみしい。
それも、毎日毎日、さみしかった、と告白しておく。
だからやったことかと言われれば、そんな気もするし、単にテンションが昂じて、さらに刺激的な遊びがしたかった、といっても、おれにできる刺激といえば、万引きとか注射とか、その程度のことかもしれない。
その夜、九時は回っていたと思う。時計は見ていない。時間を確認する習慣すら、当時のおれにはなかった。毎日起きては、飯食う前に薬を飲む。当時は、いわゆる、「危険ドラッグ」の類が一番横行していて、事実一番問題になっていた頃である。取り締まれるものではない、と政府が気づいた頃にはすでにだいぶん、死者も出ていて、車での事故、被害も多かったと、報道されていた。
もちろん、そんな時節、おれがそれにあやからないわけがない。朝一番に処方薬一式、飲んで、そこから、ポケットの中(ずっと、寝るときも同じジーンズを履いて眠っていた)を漁り、ちょっと、小銭があったなら、その危険ドラッグ、というやつの危険さをあえて、味わおうと出かける、というデカダン! デカダン、としか、いい表せない生活をしていた。
いや、回りくどい、おれの生活のいちいち細々をここで書き連ねていってなんだと、いうのだ。別段に急ぐわけではないが、退屈なだけだ。そう、そうだ、退屈だった、それだけだ。以上だ。
別に特定の時間を狙ったわけでもなく、完全な計算のもとに実行した、わけがない。ただ、なんとなく、ちょうど気分もハイテンションだし、取り調べも、もう一度と言わず、何度も受けて、体験としてそれを実際にいかすことは、まあ、悪いことでもなさそうだ。良いことかと言われると、ちょっと、返答に困る。
夜、というにはまだ時間が早い、おそらくいまだ、七時半。おれは、危険ドラッグ特に眠れるやつを求めて、ヘッドショップに走った。走った、といっても、もちろんチャリンコで。軽トラック、とかそんな良いもの、おれが持ってるわけがない。原付すら持っていない。頼るのは、この二本の足でこぐ二輪のタイヤだけだ、とカッコつけてみたが、全くカッコ良くもないのが残念だ、かまうもんか! かっこなんぞに構ってられるか。そんな中途半端な部分に構うから、余計に醜いことに終わってしまうのだ。
だいたい、そんなことを考えながら、実際ヘッドショップについた。当時はかなり暇だったから、毎日このヘッドショップで危険ドラッグいうやつを購入しては、キメたり、吐いたり、倒れたり、やりたい放題やっていた。今振り返ると大変、懐かしい。余計な規制をかけるべきではない、国民の自由意志を尊重しろ、そう思う。危険といえど、
いや、危険! それも自由の一つなのだ。
危険が必要、そんな時もあるのだよ。この国が自由を保証してあるからには、危険とロマンは隣り合わせの数珠繋ぎだ!…いや、数珠繋ぎはいいすぎだが、まあ、にたようなもんだ。…。
しかし、自由が保証されたとき! 何が起こりますか? 争いです。そして被害者がでるそれは、悲しみの類を考えたとき、「運が悪かったんですね」としか、いいようがない。今までもそうやってきたではないか我々は。そうですよ、運が悪かった、それだけですよ。本当に。ああ、書き出すとついつい脱線ばかりしてしまう。
とにかくヘッドショップにたどり着いた。当然、モノは買う。しかし、おれは、全くおもろない。だらだらダラダラいつまでも、果てしなくねむりこけるそれだけ。それが続くだけ、か。おもろないな。ちょうど先ほど述べた内科薬(60粒ほど)入ってるし(つまりキマってる、そして、気絶の準備もできてる)、ちょっと警察でもおちょくろか。おれは、それを思いついて、脱法ハーブを小銭とともにポケットに入れて、チャリンコを漕ぎ出した。帰りの道である。大通りをチャリンコにまたがって走る。…車の一台くらいは欲しいわな。
その帰りの道の途中に、大きな坂があり、逐一の描写は省くが、ともかく、自転車が通れないようになっている、つまり階段がある。当然、立ち止まらなければいけない。おれはさっきの思いつきを実行に移したくて仕方がなかった。だから、立ち止まるや否や、パイプ? そんなええもんもってない。ペン状の鉄くず、その先に砂利粒を詰め込んだだけの筒、これで十分だ。おれの目的はあくまで気絶して通報されたところ、おれが買って、おそらく握りしめながら気絶するだろうモノをみた「世間」は多分慌てて警察も呼ぶに違いない、一服火をつける。………。
目が覚めたのは救急車の中で、だ。…万事おれの思う通りにことは運んだ。一点のミスもなかったに違いない!
…自慢するところ、まちがっているのはわかっている! 反省もしている!(と、「世間」の手前、いっておこう!)
刑事らしき、威張った、といってもいくぶん、無理に威張ったような態度を装っているようにも見える男と、その同僚とおぼしき私服警官が二人、救急車のドアの前で、待ち構えていた。瞬間に警察だろうと思い、わざと眼中にないふりをして、
「ああ、またやってしもたか、救急車やん、恥ずいなあ、あああ恥ずい」と、それなりの羞恥心を演じた。
警察を焦らすのが目的だ。『いつも、こう気がついたら救急車やな、また倒れてもたか」と。そう、寝台に寝たままの姿勢で言いながら体を起こして、さっと、おりるついでに、「おさわがせしてすんませんねえ」と余裕をこいた。不快な態度であろう、そう思って、警官らを挑発したのだ。
とっさに、刑事と思しき男が、
「ちょっと、いまから、いろいろききたいねんけど…」とおれににじみ寄った。
おれは、相手にせず、「なんやねん、誰やそもそも」、と言いながら、服装を整えて、相手を見ずに現場付近に散らばったままのカバンやその他の持ち物を集めて、チャリンコに向かおうと踏み出したが、その二人が道を阻んだ。
「待て、どこ行くんや、今からちょっと来てもらうで、警察や」と、構えた。
目も向けずおれはとっさにいった。
「なにいうてんねん。そんなこと、応じるわけないやん。おれは今から家かえるの、いそがしいの」と、靴を履きながらに一瞥もくれず、そういった。
「いやいや、待て、待ちなさい。兄ちゃん、いまから、ちょっと所轄きてもらうって」という。
おれが反射的に、「令状は? おれは拒否するいうてるんや、なんやねん、おまえら」
と、視線を向けていうに、 「…弁護士でもなんでも、呼んだらええで。ともかくきてもらうて!」というもんだから、ついつい、おれは、
「えらい、大きく出たなあ。拒否できへんの? ほんまかいな、なんでやねん。まあ、おれ、昔、
大麻所持で前歴ある
けどな」
と、
ここぞとばかりに強調したら、
なんとあきれたことに、
「しってる! だから、今から取り調べや!」
と、いうのだ。
そうか、そうか、と思いつつ、「なんで、おれの素性を知ってるんか知らんが、まさか、勝手にカバン漁ったりしてないやろな、まあそこまでいうなら、いこうやんけ。はよパトカーのせろや」
と、パトカーを待ちながら…、いや、といってしかしすぐにそれは来たので、特に、それ以上のやり取りはなかった。
ほお、取り調べ、か、ええなあ、おもろいなあ、と心では思いつつ、不快な態度を保つのも、アホらしかった。
すぐに所轄に連行され、調べ室に、もってかれた。なんやコイツら、アホかいな、と、半ば笑いがこみあげるのをこらえつつ、しかし、ひさしぶりの取り調べである。すぐに、眠気は冷めた。
すでに、おれが先程購入した「脱法ハーブ」の類は、警察らに取り上げられていた。何様や、こいつらは、と思ったが、こいつらに何を言っても、ここまで来たら、無駄である。
「はよせえや、はよしてくれ」とおれはいい、
「わかってる!」となぜか、怒なられて、意味がわからないが、それ以上なにもいう気もおこらず
「さっさとしろ」とだけいった。
数名、警官らが狭い調べ室に押し寄せてきて、すぐに簡易キットによる「検査」がおこなわれるみたいである。
おれは、内心、「そんなもんださんでも、匂いでわかるやろこいつら」と、笑っていたら、案の定、ここぞとばかりに、しゃしゃり出た若いのがその植物片の匂いをかぎ始めた。そしてすぐ、
「ああ、これ、大麻ちゃいますわ」
といいきった。
「あほやろ、おまえら」とすんでのところで言いかけた。
しかし、それでも一応検査キットで、陽性反応が出ないか、その儀式が目の前で始まろうとしており、始まった、が、反応はない。全くの無反応だ。当たり前や、と思い、
「はよかえらせろ」、といってやった。
しかし、一応の取り調べを形式上受け、そして、この植物片を科捜研に送る旨、それに対する同意書にサインさせられる段に及び、こういってやった。
「いや、おまえらに、こういうのを渡して返ってきた試しが一度もない。かえせ、というのに、何故か返ってこない。これ、おれ、さっき、カネだして買ったもんやぞ。ふざけんな」
といってやると
「いやいや、うちは、他と違ってしっかり返すんや!」と。
ふうううん、じゃあ、ほかはやっぱり返さんのか、と。
「まあ、ええわ、ゼッタイ、何の法にも触れてなかったら、かえせよ。窃盗…いうかこの場合、お前らそれ、強盗や。しっかり、家までもってこいよ」と言い放って後、たしか押収物なんとか書だったか正確なところは忘れたのだが、「これはわたくしのものに間違いない」と明記された紙切れにサインを記して、指印まで気合いと呪いを込めておしてやった。そして、
「返却を望む!」と実際はたかが小分けで千円のいかがわしいもの、いらないが、と思いつつも、書いた。
そうしてその後、
覆面パトカーをタクシー代わりにしてうちに帰った。
雨が降っていたからである。
そんなこんなを終えて、しばらく、期待せずに、かえってこえへんなやっぱ、いつ文句言いに行ったろか、と呆れつつ目論みつつ生活していた。
それから二ヶ月くらいたった。冬だ、もう、十二月になる。その件に関しては、もはや、不覚にもわすれかけていた。いや、忘れてしまっていた。と、いうのも、思いつきでからかった、というだけのことだったからでもあり、また、そんな警察がやらかしてくる不正、不法行為には、もはや、おれも別段騒ぎ立てるほどには驚かなくなっており、もっと騒ぎ立てるべき警察の不祥事くらい、今の御時世、毎日のごとく配信されてくる。思い出したところで、ただただ、千円ばかりの小遣いが悔しいだけで、なんの得もありはしない。逆にたかが、千円のいかがわしいモノのために散々文句をつけられる方の身にもなってやりたくも思う。
おれもおれで、散々からかったんだから、そして、雨の中、タクシー代わりに、自転車まで積んでもらって自宅まで送ってもらったのだから、そんなことには、もはや拘っておらず、実際に思い出すときもあったが、忘れていたといったほうが正しい。
…そんなことよりも、近頃、めっきり寒くなった…。やりたいことは特にない。事実、インターネットばかりしてその日暮らしを続けていた。
そしてさらに日は過ぎていき、はや、世間は年末の忙しさの中にあった、ある夕刻、誰との約束があるわけもないのだが、忘れた頃にいちいちやってくる。かといって、常に彼らのことなど気にしているわけにもいかない。当たり前だ。
忘れた頃に、もう、ほんとう、いらんタイミングでやってくる。…それもまた、やつらの、ややこしさである。住んでたマンションの部屋のインターフォンがなったのである。
とると、オートロックの向こうから、二名ほどの男が「尼崎東諸です!」といっている。
毛布にくるまって、眠れずとも寝転んでばかりいて、暖を取っていたおれは、毛布の外に出さされて起き上がらせられたので、やっぱり不快な気がした。
インターフォン越しに奴らが「部屋の前までお邪魔していいですか」と、今回はやや腰を低くして、「敬語を使った」、それだけが、おれが奴らを拒まなかった理由である。
「…いいっすよ、どうぞ」といってオートロックを解除した。数秒後。鍵など占めていない部屋の扉がノックされ、「山﨑さーん」と、そのどちらかがおれを呼ぶので、玄関までいって扉を開けた。確かに警察官だ。二人とも制服を着用している。
「はあ、なんですか?」と、全く事を忘れていたおれは用事を問い詰めた。警察は玄関の外から、なにかいまいち納得のいかなさそうな顔をして立っていた。寒いところ、わざわざなんかつまらない用事できたんだろうと、思った。すると、やはり、つまらない用事、ずばりその例の脱法ハーブを返しにきたのである。笑いをこらえる、隙もなく、二人のうち一人が、勝手に玄関の敷居をまたいだ。そこで、おれは、あえて表情を固く、少しも変えないように気をつけた。そして、相手は、有無をいわせぬ口調で、「これ(チャック付きポリ袋に入った植物片のようなもの、つまり脱法ハーブ)」といって片手にそれをつまみ、玄関を上がったすぐ廊下にたっているおれの目の前に差し出した。それから、「約束通り、返しにきた」といった。おれの表情は固く無表情を保っていたはずだ。
「で、申し訳ないが、ここと、ここに受け取りのサインと左手人指し指で指印…」云々、形式通りだ。おれはあくまで無表情のまま、それらをいう通り実行した。そしていわれた事を全て形式的にこなした。もう、ここで、こいつらは急いで帰るべきはずだった。本来なら。
が、
その玄関口まで入り込んできた方の警官が、やや、モノを手渡すのにためらったかと思うと、いきなり、「悪いけど、これ、我々の目の前で、その右手のトイレに流して捨ててくれへんかな」というのだ。もう一人は、何かあったときのためにいつでも動ける用心棒みたいな存在だと思う。
(いつか続きを語る)
さて、続きなんだが、まず、おれは、そんな理不尽なことを言われて、ただで帰らそうとは、ちょっと思えない。さすがに、なんの権限があって、なんの法律にも触れていないもの、として鑑定され、約束通り返しに来た、そこまでは社会的に当たり前の話である。そのせっかく返しに来たモノを「我々の目の前でトイレに流せ」だと!?ちょっとおもろなってきた。
「なんでそんなこと指図されなあかんの?法に抵触してなかったんやろ。だから返しにきたんやろ。それをおまえ、令状かなんか持っててそれいうてんのか」と、ごく、当たり前のことをいった。
「いや、ちゃうやろ、また、それ、返したら吸うんやろ!?」…アホかこいつら、と思うまもなく、
「おれのものをおれがどうしようがおれの勝手じゃ。ところでなんで、おまえ、おれ、家上がってええ、いうてないぞ、なに勝手に玄関までふみこんでんねん、なあ」無表情を保つのが、面白さのため、やや困難である。間髪入れず「うちに入ったからには、勿論令状もってんねんやろな?あえて、だまってみてたんやけど、その後ろのあんた、散々部屋の中覗き見やがって。出せや令状」と、このセリフを言い終わる前に、警官二名係で話を必死に遮るのだが、それがいちいち、支離滅裂である。「いや!我々、捜査してないもん!」と広げた両手を胸の高さまであげて、必死になっている。笑ってしまいそうである!「なぁ!?」と同僚に相槌を求める段になって、どうしても、ニヤニヤしてしまい必死にこっちも、顔をうつ伏せで隠した。
しかし、決定的なことを言わねばならない。つらい!笑わずにそれは辛すぎる!こみ上げつつある笑いを胸の内で押しつぶした。途端に、決定的な一言を吐き捨てた。
「まあ、なんにせよ、おれ、家に入れ、てわざと言わんかってんけど、思いっきり入ってきてるやん自分ら!つまり、不法侵入、そして、なんか強要してるやんけ!」
このセリフを聞いて一秒ほどなにか考えただろう沈黙があった。そして、もはや、トイレに流すだのなんだのは、昔の話題、になったんだと思う。ふたりとも、玄関の外に出て、気をつけして、敬礼しながらこういって退散していきはった。
「良いお年を!」
おれは、適当なガラクタをパイプがわりにして帰ってきた植物片に火をつけ、変な煙を吸い込んでひたすら寝る正月をすごさせてもらいました。
ご苦労さまです!
混沌コントロール・山﨑雅之介